『愛がなんだ』の胸苦しさ再び。映画『僕の好きな女の子』に凝縮された“片想いのジレンマ”

2020.8.14

(c)吉本興業2019
文=原 航平 編集=森田真規


又吉直樹の同名エッセイを原作とした映画『僕の好きな女の子』が8月14日に封切られた。『火花』『凜』『劇場』につづく4本目の映像化となる又吉原作作品は、タイトルどおり好きな人に吸い取られてしまう眼差しを、極限まで精緻に再現したみずみずしい映画に仕上がっている。

恋をしているときの甘美な気持ちと、好きな人が自分を好きになってくれない苦々しさ。本作が描くなんとも息のしづらい“胸苦しさ”は、2019年に大ヒットを記録した映画『愛がなんだ』にも近い質感を携えている。やはり本作も、“片想いのジレンマ”が多くの人の共感を呼ぶに違いない。

玉田作品特有の“底意地の悪さ”が又吉直樹の心根を暴く

映画『僕の好きな女の子』は、2015年に『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹が2017年『別冊カドカワ【総力特集】又吉直樹』に書き下ろした同名エッセイを原作としている。4ページにわたって綴られた「好きな女の子」にまつわる又吉のテキスト。そこには、『火花』や『劇場』の主人公たちにも似た「うまく気持ちを表に出せない男性」が抱く、好きな女性へのはち切れそうな感情が丹念に書き込まれている。

主人公の加藤を演じるのは、ロックバンド「黒猫チェルシー」のボーカルを務める渡辺大知。映画『勝手にふるえてろ』ではヨシカ(松岡茉優)に対して一方通行の思いをぶつけつづける男を印象的に演じていたが、同じ片想いでも「好き」を発することができない本作の加藤は、真逆のキャラクターと言ってもいいだろう。ひとりの女性に恋心を抱きつづける純情を、表情や身体の細やかな動きで体現している。

渡辺大知が扮するのは恋愛ドラマを手がける駆け出しの脚本家・加藤

そして加藤が恋するヒロインの美帆役は、 NHK連続テレビ小説『半分、青い。』や『あなたの番です』への出演で注目を集める奈緒。本作の素晴らしい点のひとつは、美帆が取る行動や言動、何気ない仕草までがいちいち愛らしく、ちゃんと胸に刺さってしまうところにある。

奈緒の演じる美帆が加藤に対して仕かけるイタズラの数々が愛らしい

映画の冒頭、待ち合わせ場所にいる加藤に大股で歩きながら近づいていき、大きなリンゴジュースを手渡す場面。その“少し常軌を逸した”一連のシーンを観ただけで、きっと観客は彼女に心を掴まれてしまうはずだ。作品内では小悪魔系とも評されてしまう“僕の好きな女の子”だが、好きにならざるを得ない説得力が、奈緒の演技によって息づいている。

映画『僕の好きな女の子』本編オープニング映像+予告編90秒

本作の監督・脚本は、昨年『あの日々の話』で映画監督デビューを果たし、テレビドラマ『JOKER×FACE』や『伝説のお母さん』で脚本家としても活躍する玉田真也。劇団「玉田企画」を主宰する気鋭の劇作家でもある玉田だが、その作風の特徴は、人間のちょっぴり意地汚く、かっこ悪い部分を複数人の会話劇から炙り出していく手法にある。

玉田は4ページしかない原作を映画化する上で、原作にはなかった加藤と美帆以外の「他者からの視点」をつけ加えた。加藤の友達として登場する彼らは、一概に加藤の片想いを肯定するでもなく、ある登場人物は「好き」と言えない彼を真っ向から否定してみたりもする。

腐れ縁、という言葉がぴったりな加藤の友人たち

思えば『火花』や『劇場』も、気持ちをストレートに伝えられる人との対比があったからこそ、そうではない人たち=徳永や永田といった主人公の不器用さが浮き彫りになっていた。加藤の友達は問う、「なぜ思い切って好意を伝えることができないのか?」と。玉田作品特有の底意地の悪さが、時折、加藤あるいは又吉直樹の心根を暴いていく。その瞬間に緊張感が走るのだ。

どうにもできない“片想いのジレンマ”

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