『夜明けのすべて』松村北斗と上白石萌音が紡ぐ<脱恋愛至上主義>。映画としての豊かな体験をもたらす理由

2024.2.21
映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会

文=竹島ルイ 編集=田島太陽


映画『夜明けのすべて』が、2月9日より公開中だ。原作は、『そして、バトンは渡された』で第16回本屋大賞を受賞した、瀬尾まいこの同名小説。彼女自身パニック障害を患った経験が、この物語の原型となっている。監督は三宅唱、上白石萌音&松村北斗(SixTONES)が主演。すでに高い評価を得ているこの作品は、なぜ豊かな体験を鑑賞者にもたらすのか。ストーリーや映像表現をレビューする。

「男女の友情が成立するかどうか、なんてどうでもいい」

監督を務めたのは、『きみの鳥はうたえる』(2017年)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)で高い評価を受けた気鋭のフィルムメーカー、三宅唱。2月9日~2月11日の週末観客動員数ランキングでは、『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』、『「鬼滅の刃」 絆の奇跡、そして柱稽古へ』、『ゴールデンカムイ』に次ぐ初登場4位にランクイン。Filmarksの初日満足度ランキングでも、4.22のスコア(レビュー数:5,612)をマークして堂々の1位に輝いている。

主演は、NHKの連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(2021年〜2022年)で夫婦役を演じた、上白石萌音&松村北斗。今、最も旬な若手俳優ふたりが、再び共演を果たしている。といっても、今回彼らは恋愛関係には陥らない。男女間の友情を結ぶわけでもない。映画の中で、松村北斗が「男女の友情が成立するかどうか、なんてどうでもいい話をする人がいますよね」というセリフを言っているくらいだ。まさしくこの映画は、恋だの友情だのといった話に収斂せず、他者を理解しようとするという、慎ましやかなコミュニケーションで構築されている。

けっして派手な作品ではない。むしろ非常に地味な、ミニマルな作りの映画といえる。そんな作品が週末観客動員数で4位となったのは、もちろん上白石萌音と松村北斗という役者の魅力によるところが大きいのだろうが、近年の邦画でも屈指の吸引力を有した作品……ミもフタもない言い方をしてしまえば、極めて“優れた映画”だからだと筆者は思っている。

恋人でもなければ友達でもなく、同志

映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会
藤沢美紗(上白石萌音)

上白石萌音が演じる藤沢美紗は、重度のPMS(月経前症候群)を抱えている。月に一度のイライラを抑えきれず、相手に対してつい攻撃的な態度を取ってしまう。彼女は、自分の心と身体をコントロールできないのだ。どしゃ降りのなか、バス停で倒れ込む。上司に思わず強い口調で怒鳴ってしまう。薬を服用すれば、副作用で就業中に眠り込む。結局、せっかく新卒で入社した会社も、早々に退職せざるを得ない状況に。やがて彼女は、10人足らずの小さな会社・栗田科学に就職する。

一方、松村北斗が演じる山添孝俊は、パニック障害を抱えている。大手のコンサルタント会社に勤めていたが、突然動悸と強い息苦しさに襲われ、電車に乗ることもできない。彼もまた退職を余儀なくされ、会社の先輩・辻本憲彦(渋川清彦)の紹介で、栗田科学に転職。仕事は単純作業ばかりで、正直やりがいはない。それでもいつか前の会社に戻ることを夢見て、日々を過ごしている。

映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会
山添孝俊(松村北斗)

やがて藤沢と山添は、お互いが社会生活に支障をきたすほどの精神的症状を抱えていることを知る。他者の苦しみを理解し、自分と向き合うことで、少しずつ世界と調和していく。だがふたりは恋人でもなければ、友達でもない。あえていうなら、同志と呼ぶべきか。彼らは、“困っている人を助けてあげたい”と思う当たり前の気持ちを、当たり前のように行動に移しているだけなのだ。

たとえば、美容院に行けないためひとりで髪を切ろうとする山添に、藤沢が「髪、切ってあげようか?」と語りかけるシーンがある。別に、理容師の経験があるわけではない。純粋な親切心から、彼女はそれを申し出る。もしくは、「僕、自分の発作はどうにもならないですけど、3回に1回くらいだったら、藤沢さんのこと助けられると思うんですよ」と山添が語りかけるシーン。会社の同僚にイライラをぶつけてしまう前に、彼女をそっと外に連れていって、会社のワゴン車をゴシゴシと洗わせる。

それはとても小さな、しかしながらとても大きな意味を持つ、彼なりの気遣いなのである。

恋愛という呪縛からの解放

映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会
映画『夜明けのすべて』オフショット

おそらく上白石萌音&松村北斗にとって、『夜明けのすべて』の演技は困難を極めたことだろう。恋愛至上主義映画に慣れきってしまった我々の目には、山添が藤沢にブランケットを貸してあげたり、PMSについての書籍に目を通して彼女の病状を理解しようとする描写に、必要以上の親密さを見出してしまうからだ。

それはあくまで、同じ苦しみを抱えた者同志の慈しみ。その微妙なニュアンスを、声のトーン、表情、立ち姿、相手との距離で、ふたりは的確に演じてみせる。<脱ロマンティック>。<脱恋愛至上主義>。藤沢が地元に戻って、母親の看病をしながら別の仕事をすることを伝えたときでさえ、山添は寂しさや哀しさを表出することなく、フラットな態度で、その選択を受け止める。

この映画には、恋愛という呪縛から解き放たれた男女の、あまりにもフラットな関係が描かれている。ドラマ『恋はつづくよどこまでも』(TBS/2020年)で王道ラブコメの主演を務めた上白石萌音と、ドラマ『恋なんて、本気でやってどうするの?』(カンテレ・フジテレビ/2022年)で群像ラブストーリーの主演を務めたSixTONES・松村北斗という、超人気俳優をマッチングした作品であるにもかかわらず、だ。

映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会
映画『夜明けのすべて』オフショット

印象的なのは、山添の恋人である大島千尋(芋生悠)と藤沢が偶然出くわすシーン。凡百の映画ならば、千尋に嫉妬と敵対心が芽生え、緊張感のある場面になることだろう。だが藤沢は、お菓子を頬張りながら山添が会社でがんばっていることを伝え、神社で買ったというお守りを渡す。そこにはなんの邪心もない。千尋は、「藤沢さんみたいな人が会社にいてくれてよかったです。ありがとうございます、彼と向き合ってくださって」と礼を述べる。

ここには、人が人を理解することの大切さと、その感謝が何気ないタッチで描かれている。

<小さな物語>を<大きな体験>に

映画『夜明けのすべて』オフショット(C)瀬尾まいこ/2024『夜明けのすべて』製作委員会
映画『夜明けのすべて』オフショット

原作では、藤沢と山添が勤務する会社は「栗田金属」という設定だが、映画では移動式プラネタリウムなどを取り扱う科学キットの開発会社「栗田科学」に変更されている。しんと冷えた夜にひっそりと佇み、じっと夜明けを待つ藤沢と千尋にとって、夜空に瞬く星々は孤独の中の希望だ。なによりも美しい星空を見上げるショットは非常にフォトジェニックだし、暗闇の中で光を見つめることは、そのまま“映画を観る”という行為のメタファーでもある。

そう、『夜明けのすべて』はとても映画的なのだ。三宅唱監督は登場人物たちにモノローグで心の中を語らせたりはするが、対人において必要以上に多くをしゃべらせたりしない。ふたりの想いは“夜”に表象され、“光”に表象される。だからこそ、鑑賞者の心の中にじんわりと物語が染み込んでいくのだ。

象徴的なのは、藤沢と山添が肩を並べて家路に向かうシーン。カメラは坂の上の遥か後方に設置され、彼らのうしろ姿を小さく捉えている。薄ぼんやりと街灯が浮かび上がり、ふたりの姿を照らす。16ミリフィルムのザラついたルックもあって、藤沢と山添はまるで星空の上を歩いているようだ。

もしくは、山添が藤沢の自宅まで忘れ物を届けたあと、自転車で会社に戻るシーン。電車に乗れない彼は、藤沢から自転車という移動手段を譲り受けることで、世界が拡張されていくような感覚を覚えたはず。そんな山添を祝福するように、カメラは自転車にまたがって運転する彼を、プリズムのように煌めく光を取り込んで描出する。えも言われぬ美しいカットの連続。圧倒的な映像の強度で、三宅監督は<小さな物語>を<大きな体験>へと置換させる。

思えば前作『ケイコ 目を澄ませて』も、聴覚障害を持つプロボクサー・小河ケイコ(岸井ゆきの)の姿を追った、寡黙で静謐なドラマだった。テキストではなく視覚表現としての豊かな体験を、この映画はもたらしてくれる。

上白石萌音と松村北斗が紡ぐ、“慈しみ”の物語。だからこそ『夜明けのすべて』と名づけられたこのフィルムは、圧倒的に優しいのだ。

『夜明けのすべて』

『夜明けのすべて』ポスタービジュアル

公開:2024年2月9日(金)ロードショー
配給:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース
(C)瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会

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竹島ルイ

映画・音楽・テレビを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン『POP MASTER』主宰。

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