スリムクラブの「お葬式」ネタから見る、ラップと漫才における間の作用。表情・仕草が担う大きな役割

スリムクラブの「お葬式」ネタから見る、ラップと漫才における間の作用。表情・仕草が担う大きな役割

文=つやちゃん 編集=小林 翔


新たな角度と言葉からラップミュージックに迫る文筆家・つやちゃんによる、ラップと漫才というふたつの口語芸能のクロスポイントの探求。『クイック・ジャパン』と『QJWeb』による合同連載「扇動する声帯──ラップと漫才の時代」Chapter10。


Chapter10「間が問いかけるもの」

間(ま)を挿入することによって、<意味>の面でも<リズム>の面でも一定の効果を生む──前回は和牛の漫才を例に挙げ優れた事例を観察していった。けれどもそれより以前、さらにラディカルに間の実験を試みたコンビが存在している。スリムクラブが作り出した途方もなく長い隙間は、2000年代以降に高速化を遂げていった漫才において大きなカウンターとして機能した。ビートたけしは著書『間抜けの構造』(新潮新書、2012年)で、昨今漫才のトレンドが変化してきた背景を指摘した上で彼らの技術を次のように形容する。

おいらのときは、漫才のスピードをそれまでの倍にした。B&Bとツービートでジャンジャンジャンジャン速くした。それまでに漫才をしていた人たちの倍は速くしゃべって、そこの何倍もギャグを詰め込んだ。

今の漫才もどんどんスピードが速くなってるけど、おいらのときと決定的に違うのは、コンビ二人ともスピードが速いということかな。

それまでツッコミというのは、あくまで「合いの手」というか、ボケのアシスタント的存在だったのが、それでは物足りなくなったのか、ツッコミはツッコミで笑いを取ろうと工夫し始めた。

でも、あいつら(=スリムクラブ)が遅いからといって、間が悪いかといったらそうじゃない。テンポはゆっくりだけど、音楽の裏打ちのような独特の心地良さがある。

『間抜けの構造』(新潮新書、2012年)

間の双方向性

ビートたけしは、ふんだんに間を取り入れたスリムクラブの表現は決して新しいものではなく、国内でも関西の漫才においては途中で考えこんだりする芸を入れることで長い間を取り入れていたという指摘を続ける。ただ、それらとスリムクラブの漫才における最大の違いは、『M-1グランプリ』をはじめとした作品発表の場としてTVというメディアが介在するようになった点ではないだろうか。

事実、彼らが決勝戦の最終決戦に進出した2010年『M-1グランプリ』「お葬式」のネタでは、単に会話劇における間だけではなく、表情や仕草が笑いの生成へ大きく作用している。特に、ツッコミである内間政成の表情は変化に富んでいる。前回、ラップの間の作用について「沈黙の時間である間を駆使することでラッパーはなにも言わずしてなにかを演説することができる」と述べたが、もちろんそれは漫才にも当てはまるだろう。言葉が抑制され沈黙を得ることで、表情はそれまで以上に雄弁に語り得る。

漫才「お葬式」における内間の表情は複雑である。笑いながらも困惑した神妙な面持ちを見せるが、それは、さらば青春の光が漫才「能」で見せる困惑した表情とはやや意味性が異なっている。内間の表情のほうが意味がより多層的なのだ。その内訳を仔細に見てみよう。

熊谷啓孝諏訪正樹は、「会話の「間」の多様なる意味と役割―映画セトウツミを題材として―」(日本認知科学会「間合い」研究分科会発表原稿)において、間の定義を「任意の発話の開始地点から、次の発話が開始するまでのあいだに存在する、意味単位の時間的区間」と置いた上で、間に表れた話者の感情・状態を36の区分に分類している。もちろんこれは映画『セトウツミ』に観察される間のバリエーションではあるが、その範疇だけでも、内間の創り出す表情の間には多くの効果が発揮されていることがわかる。

まず、苦悩を示す間。そして困惑を示す間。驚きを示す間もあるだろうし、意図を察することを求める間も、相手の理解を確認する間も、さらに相手の発言を待つ間も含まれるだろう。つまり漫才「お葬式」における内間の間は、苦悩や困惑といった受動的なものだけでなく、意図を察することを求めたり相手の発言を待ったりするためのものも含まれており、双方向的な役割を孕む間であると言える。

「失礼ですが故人とはどういったご関係でしょうか?」という内間の問いかけに対し、相方の真栄田賢は「街で一回見たことがあります」と返す。ちぐはぐな回答について内間は約15秒にわたって間をあけるが、そのあいだにカメラは表情をアップで映し、引きのアングルでは少しずつ真栄田のほうへ向かって動く右手を捉える。

ここでの微妙な動作は重要だ。受け入れがたい不思議な発言をする真栄田を異物とみなしている内間の身体はこわばり、動揺し震える。現代の漫才において間に含まれる意味性が、表情に加え仕草といった演劇的な手法によっても構成されていることを証明する一例である。内間の大仰な間は、真栄田が苦悩される/困惑される/驚かれる/意図を汲んでくれない/理解してくれない/思うように回答してくれないという人物であることを裏返しに説明する。効果的な間は、複層的なメッセージを作品に込め、キャラクター性までもはっきりと際立たせるということだ。


ラップのさらなる強度のために

発表の場がTVだからこそ表情・仕草という部分が大きな役割を担っていたスリムクラブとは多少状況が異なるものの、音楽にも近い事例を見つけることができる。面白いのは、一小節の中に言葉を詰め込み格闘するラッパー以上に、むしろヒップホップコミュニティ外の音楽家によるラップ的アプローチのほうが間を取り入れることに対する恐れと躊躇がないということだ。

ソロ作品においてラップの文法を導入するGotch(後藤正文)は、アルバム『Lives By The Sea』(2020年)において、トラックだけでなく歌/ラップにおいても余白をふんだんに用意した。たとえば、「Nothing But Love」は効果的な間が情景を繊細に描く。「酩酊/路地裏の酒場で」は「めい/〇/てい/路地裏の酒場で」と、「永遠に揺れ動く不安定」は「えい/〇/えん/に揺れ動くふあん/〇/てい」と歌われ、聴き手に対し酔っ払って千鳥足になり視界がぼやけてくるさまを想起させる。

「ガタガタと音立てる椅子に座って」は「ガタガタと/〇/音立てる/〇/椅子に座っ/〇/て」と発語され、言うことを聞かない身体をようやく落ち着かせて座らせる様子が目に浮かぶ。まさに前回論じた「意味の面でもリズムの面でも効果を生む」一例でありながら、余韻をあえて残す発声法も相まって、たびたび挟まれる間の空間で音が響き、酒場での穏やかなムードをじんわりと染み渡らせることに成功している。

曲中での主人公は一瞬一瞬の幸せを噛みしめるような安らかで充実感に満ちたひと時を過ごしているのだろうか──そういった、懐の深いキャラクター性までもが伝わってくるようだ。間によってでき上がった余韻の響きをリスナーに伝播させ、情景を想起させるという点で、ここにもまた表現者と受容する側に双方向の関係性が生まれている。

Gotch - Nothing But Love - Music Video

であるならば、私たちはその双方向性を受け取りながら、さらなる深い読みを広げていくことも可能ではないだろうか。スリムクラブの漫才「お葬式」において、現代社会の常識を参照した結果、真栄田は変人として描かれている。しかし、よくよく考えてみれば、街で一目見かけた者を追悼してはならない理由なんてものは存在しない。誰某が亡くなったという知らせを聞いたら、そもそも会ったことがあろうとなかろうと、同じ人間として偲ぶ気持ちが自然と沸き上がってきてもおかしくはない。

葬式に参列する人を限定するのは単なる現代社会におけるルールでしかなく、だからこそ、真栄田は葬式で歌を捧げたいと言い、THE BLUE HEARTS「青空」を歌いはじめる。「生まれた所や/皮膚や目の色で/いったいこの僕の/何がわかるというのだろう」という歌詞からは、他人を観る際の無意識の偏見に対する批判を感じ取れる。

スリムクラブが世の中の常識に対して突き刺す批評的視点は、大仰な間によって引き延ばされ、説得力を増す。一方でラップが今後さらに口語芸能として強度を獲得していくとしたら、それは間という引き算の手法とより一層対峙したときではないだろうか。そこでは、TVで放映されることを前提とした現代の漫才のように、表情や仕草といったいわゆる演劇的アプローチもこれまで以上の形で顕在化するかもしれない。


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つやちゃん

文筆家/ライター。ヒップホップやラップミュージックを中心に、さまざまなカルチャーにまつわる論考を執筆。雑誌やWEBメディアへの寄稿をはじめ、アーティストのインタビューも多数。 2022年1月に、初の単著『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)を上梓。

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