「子供がいるほうがパフォーマンスが高い」子あり男性が分析する“男同士の分断”とは【#09後編/ぼくたち、親になる】

文=稲田豊史 イラスト=ヤギワタル 編集=高橋千里


子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも2歳の子供がいる稲田豊史氏。

第9回は、IT企業に勤める41歳の男性。子供を持ちながら、「人類の進化」や「子あり/子なし分断の本質」に関して、思うことがあるという。

※以下、戸部さんの語り

人間のスキルが進化した

「子供ができたことで仕事に支障が出た」という男性がけっこういるじゃないですか。

この連載で取り上げられた別の方(#01)は、リモートワーク時に発生する家事や育児によって「仕事の質を担保する“没入”ができなくなった」と言っていましたし、育児にリソースが割かれることで、今までのような物量で仕事をこなせないという男性の話も耳にします。

この話、すごく興味深いと思って見聞きしていました。

というのも、うちの会社のコミュニケーションのほぼ100%がSlackなんですが、ものすごい量の連絡が次々と入ってくるから、集中して何かを思考できる時間が1時間も取れないんです。

帰宅しても、休みを取っていても、構わずどんどん連絡が来る。僕はチームリーダー的な立場なので、特に量が多い。コロナ禍からずっとそうなので、もう3年(注:本取材を行ったのは2023年)もそういう生活を続けています。

で、何が起こったかというと、思考を“分割”しながら仕事ができるようになったんです。

以前なら、それなりに時間をかけないとまとまらなかった思考が、かなり短時間でまとまるようになりましたし、五月雨式のSlackで思考がズタズタに寸断されても、「邪魔された」という感覚が希薄になってきました。

適応したんですよ。体が。脳が。その状況に。うちの会社だけじゃないと思います。世界中の人間のスキルが「進化」した気がしてならない。

※画像はイメージです

それこそ、稲田さん(本連載のインタビュアー)の本『映画を早送りで観る人たち』で書かれている倍速視聴と同じですよ。ある種の人たちの感覚が倍速に適応した結果、それで映画やドラマを観てもなんら支障ないようになった。

昔で言えば、PCの画面上にいくつものアプリを同時に立ち上げる「マルチタスク」についていけないおじさんがいたじゃないですか。今はそんなの普通ですけど、それって人間のスキルが進化したからでしょう。マルチタスクという状況に、人間のほうが適応した。

もちろん、思考が分割されても支障がないタイプの仕事と、支障をきたすタイプの仕事があると思います。ただ僕に関して言えば、「新たなスキルを習得した」くらいの感覚はありますし、部下の中には、リモート勤務で隙間時間に育児をしながら仕事をきっちりこなしている30歳の女性もいます。

子供がいるほうが「パフォーマンスが高い」

そりゃあ、僕に子供がいなかったら、体感的に今の3倍は稼働できてますよ。だけど、パフォーマンスレベルで考えると、子供がいる状況のほうが「パフォーマンスが高い」んじゃないかって気がするんです。負け惜しみではなく。

たぶん、僕が企画屋だからです。

あらゆる面で、子供がいなかったら絶対に味わっていない経験ができているわけじゃないですか。何がすごいって、子供って成長するってことですよ。半年ごとに新しい驚きがある。何かを企画する、ものを考えることを生業にしている自分にとって、この状況はものすごく活かされています。

※画像はイメージです

数年前、仕事絡みでディープラーニング(深層学習)の概念を学ぼうとしたことがありましたが、子供と接していたおかげで理解がすごく早かったんです。

昔のAIと違って今のAIは、ものすごくたくさんの学習データを入れることで抽象的な概念構築をします。膨大なデータで概念の「輪郭」みたいなやつを作る。これって、子供が何かを覚えていくプロセスと構造にめちゃくちゃ近いんですよ。

根が深い男同士の“分断”

ただ、「子供がいることで、こんないいことがあった」みたいな話は、子供がいない人の前では優位性のアピールと取られることもあるので、しないようにしています。

子供がいる男といない男との“分断”は、女性同士のマウンティングや嫉妬とはまた別の意味で、とても複雑な問題なので。

知り合いの男性編集者が、ある中年男性作家とのやりとりについて、なかなか心のザワつくことを言っていました。

編集者の彼いわく、その作家は非常に聡明な方だけど、子供がいて家庭を回していたらその年齢では絶対にそういう発想にならないよな……という発言がここ数年目立ち始め、話が噛み合わなくなってきてつらい、と。編集者は子持ち。作家さんには子供がいません。

別に、結婚していようがしていまいが、子供がいようがいまいが、どっちが偉いなんてことはない、というのが僕の考えです。しかし編集者の話しぶりから、僕は彼の胸の内をこう推察しました。

「作家氏の唱える論は、まだ“成熟”していない段階の人間が作り上げた論として、とてもいびつに見える」

この話を別のライターさんに話したら、どぎついたとえが返ってきました。

「交際経験のない男性が考えた恋愛小説とか、牛丼屋に入ったことのない政治家が言う『牛丼1杯の値段って800円くらい?』発言に対するトホホ感みたいなものじゃないんですか。その編集さんの率直な気持ちって」

この分断は本当に根が深いんです。

未婚40代の「世界」は狭まり、深まるのか

そのライターさんにも子供がいるので、ポジショントークと言ってしまえば、そうです。

ただ、ポジショントークであることを念頭に置いたとしても、彼の言う「子供がいる人は〈いない時期〉も〈いる時期〉も両方経験しているけど、いない人は、〈いる時期〉を経験していない」という指摘には、ドキッとしました。

とても難しい話です。

※画像はイメージです

難しいついでに言いますね。僕は子供がいたことで世界が広がったとは思いますが、子供がいないまま40歳、45歳までいったら──これは本当に言い方が難しいんですが──世界は狭まっていくけれども、もしかしたら深くなっていくのかも、とも思うんです。優劣の話じゃなくて、ベクトルの話として。

さっきの話に引き寄せるなら、「進化」の方向性の一種です。ある人にとって「思考が細切れにされること」は、受け入れられない災厄かもしれないけど、社会環境が変化してそれが当たり前になると、人間は適応してしまう。

それを能力進化と呼んでいいなら、子供なしで45歳にならなければ獲得できない「世界の深み」があるのかもしれない。それって、ある種の「進化」を遂げたとも言えるのではないかと。

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ただ、こういうことを僕みたいに〈子供がいる〉側が言うと、どう慎重に言葉を選んでも偉そうに聞こえるので、やっぱり公の場では話しにくいです。こういう場だからこそ話せるんですよ。

思索する哲人、かく語りき

※以下、聞き手・稲田氏の取材後所感

【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?

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稲田豊史

(いなだ・とよし)1974年愛知県生まれ。ライター・コラムニスト・編集者。映画配給会社、出版社を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の..

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