「結婚に向いてなかった」49歳自営男性が5年後に出す“答え”【#10後編/ぼくたち、親になる】

文=稲田豊史 イラスト=ヤギワタル 編集=高橋千里


子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも2歳の子供がいる稲田豊史氏。

第10回は、個人事業主の49歳男性。地方で妻とふたりの子供と暮らしながら、マッチングアプリで複数のバツイチ子持ち女性と会う日々を送っていた。

※以下、屋敷さんの語り

自分の長所は、妻には「いらない技術」だった

マッチングアプリで知り合った女性たちとしゃべっていて、それぞれの人たちから別々の言い方で言われたのは、僕が「聞き上手である」ということでした。屋敷さんは話もおもしろいし、私の話や愚痴もちゃんと聞いてくれるんですねと。

じゃあ、なぜそのスキルを妻の芳恵には発揮できなかったのか。彼女には「いらない技術」だったんですよ。

芳恵は、「私の愚痴を全部聞いてほしい、相づちを打ったり共感したりしてほしい」というタイプではありません。それを求める女性が世に多いということは聞いたことがありますが、芳恵はまったく違う。「話を聞いてる暇があったら動いて」という人。掃除機をかけろ、皿を洗え、草むしりをしろ、です。

芳恵は「聞き上手」という僕の資質になんら価値を見出していないし、僕の傾聴力なんてなんら求めてないんです。AさんやBさんやCさんと違って。

さらに芳恵は、僕が日々の仕事でヘトヘトになっている体に鞭打って掃除機をかけ、皿を洗い、草むしりをしても、何ひとつ感謝なんて表明してくれない。これまたAさんやBさんやCさんとは違って。

※画像はイメージです

言ってしまえば身も蓋もないけど、芳恵じゃなかったんですよ。結婚すべき相手は。

だから僕は、AさんやBさんやCさんに走ってしまう。それはもう、仕方がない。芳恵が与えてくれないものを、彼女たちが与えてくれるので。

罪悪感や背徳感はあります。でも満足感と充実感が、それらをがっちり組み伏せているんです。

5年後に結論が出る

今の状況を冷静に考えると、僕と芳恵との間に起こっているいざこざは、100%「子供がいること」によって生じています。子供がいるからお金がかかる。子供がいるから芳恵がフルタイムで働けない。子供がいるから時間がない。それで疲労が溜まる。ストレスが溜まる。夫婦が険悪になる。

もし我々夫婦に子供がいなかったら、今までお話しした問題は一切生じなかったでしょう。私も芳恵もフルタイムでバリバリ働いて、ダブルインカムでじゅうぶんな世帯収入が得られますから、文句や不満の出る余地はない。時間に余裕が持てるので、ストレスも溜まらない。まったく違った夫婦関係を築けたと思います。

当たり前ですが「子供がいない」という状況に、今から戻ることはできません。しかし、ふたりの子供が自立して巣立てば、そのときようやく、僕と芳恵は夫婦だけで向き合うことができる。

それが5年後、いま15歳の次男が成人するタイミングです。

僕と芳恵が経済的にも時間的にもある程度解放されたとき、さて、夫婦の関係はどうなるか。果たして関係性は変わるのか? そのとき僕は、芳恵と一緒にいたいと思えるか?

5年後に答えが出ます。離婚か、ある種の「仲直り」を果たせるのか。今のところ、どっちに転ぶかは半々です。

仮に離婚となったら、子供たちには正直に全部話します。5年後に僕は54歳。その後何年生きられるかはわかりませんが、「お父さんは、残りの人生は自分のことを考えて生きたいんだ」って堂々と言いますよ。

結婚に向いてなかった

つまるところ、「親になる」ってどういうことかというと、子供が成人するまでの20年間を、どう我慢してこらえるかって話だと思うんですよ。その20年間は、人生の中で一番お金がかかるし、時間を使うし、気力も体力も削られる。夫婦関係もギクシャクする。

人生70年なり80年なりだとしたら、20年って真ん中のごっそり3分の1ですよね。子供を作るというのは、人生の真ん中3分の1を「差し出す」ってことですよ。

僕は今まで17年間、我慢しました。我ながら、よくがんばったと思います。

だいたい、僕は結婚に向いてなかったんです。今さらですが。

子供と触れ合ったり、何かを教えたり、話を聞いたりするのは大好きです。ただ、それとは別の話として、「結婚生活」に向いていなかった。

※画像はイメージです

5年後にもし離婚したら、僕のほうが家を出ます。そのあとは一箇所に定住しないでしょう。店も閉めてしまうと思います。荷物はできるだけ軽くして、身ひとつで生きていきたい。また若いころみたいに日本中を車で回りたいし、世界を旅したい。いろんな人に会って、話して、交流したい。

おじさんがひとり、慎ましく暮らす程度の収入があればいいんです。そんな仕事なんて、いくらでもありますよ。見つける自信はあります。今の時代、リモートでできる仕事だってたくさんありますし。

僕、若いころも今も、「ひとり」がそんなに寂しくないんですよ。むしろ、ひとりの時間がもっと欲しいと思ってます。友達は、時々会って話ができる人が少しだけいればじゅうぶん。それこそAさん、Bさん、Cさんみたいな人が。

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そんなにひとりが好きなら、なんで結婚したのかって?

そりゃあもう、当時のここいらの地域では、東京なんかの大都市とは違って、30歳くらいで結婚するのが「普通」の空気だったからですよ。まわりも続々と結婚していましたし、30過ぎてひとり者だと、「なんで結婚しないの?」って聞かれるのが常でしたからね。

結婚してみてから、結婚に向いてないのがわかっちゃった。その向いてないのを、17年もがんばっちゃった。

それも、あと5年で終わります。

内なる怪物を飼い慣らす

この5年、ダブルワークで働く学習施設で、いろんなタイプの子供たちを見てきました。

成長が早くてトントン拍子にうまくいく子。成長が遅くてくすぶっている子。ポテンシャルはあるのにうまく活かせなくて、こじれてしまう子。学力はあるけど社会にうまく適合できない子。学力はないけど器用に世間を渡り歩く子。本当に、いろいろです。

その中には、先天的に持っている内なる狂気というか怪物みたいなものを、後天的な技術や器用さで飼い慣らしている子がいます。

そういう子は、一見するとすごい常識人だし要領良くやってるように見えますが、ひとたびリミッターやストッパーを外せば、一気に異常者へと針を振り切ってしまうでしょう。でも、そこは本人が「技術の力」でうまいこと押さえ込んでいる。

僕も、たぶんそっち系の人間です。言葉を選んで言うと、「グレー」です。境界。ギリ。

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このことは、実は結婚に向いていなかった、定住したくないと自覚したときに確信しました。僕、普段はさも常識人ですみたいなツラして振る舞ってますけど、ある種の器用さや長年培った技術の力で、常識人に「擬態」してるだけだったんだと思います。

壮絶な人生を送ったであろうバツイチの同世代女性たちからこんなに好かれるのも、僕が「グレー」なのと無関係ではないと思ってるんです。

不本意ながら正規ルートを外れてしまった人、グレーな人、境界線上を歩く人、ギリな人。そういう人たちが寄ってくる。類は友を呼ぶ。この人なら、私の話に耳を傾けてくれそうだ、わかってくれそうだと。

だいたい、あなた(注:インタビュアー・稲田)みたいな、ひどい離婚を経験した男性や、腹に一物ある男性ばかりを取材する特殊な方に、ネタとして「おもしろがられる」って、そういうことじゃないんですか?

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そうそう、マッチングアプリは近々退会するつもりなんですよ。自分の価値が確認できて自己肯定感は上がったし、今後の方針も立てられたので。結局、A〜Dさんのどなたとも一線は越えませんでした。

こうやってスッと退会して足がつかないようにするみたいな術は、昔から感覚的にわかってるんです。この器用さ、このスキルがあるから、「グレー」でも普通の社会生活を送れる。これがなかったら、僕はとっくに犯罪者ですよ。

擬態する怪物

※以下、聞き手・稲田氏の取材後所感

【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?

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稲田豊史

(いなだ・とよし)1974年愛知県生まれ。ライター・コラムニスト・編集者。映画配給会社、出版社を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の..

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