みなみかわが“我が子を売った”あの日を回想。最狂北欧ホラーが呼び起こす戦慄の記憶「観なきゃよかった…」<映画『胸騒ぎ』レビュー>

文=みなみかわ 編集=菅原史稀


お笑い界イチの映画狂・みなみかわが、注目の新作映画をひと足先に熱血レビューする本連載。

第3回は「今年最も不穏な映画」と名高い、デンマーク発のヒューマンホラー『胸騒ぎ』。すでに『M3GAN/ミーガン』、『ゲット・アウト』など数々の大ヒットホラー映画を手がける米ブラムハウス・プロダクションズによるリメイク版の製作も決定している話題作を、みなみかわはどう評するのか。

唐突の「戦力外通告」

私は子供を2度売った。

いや聞いてください。私には現在5歳と7歳の息子がいる。

芸人としての仕事がまるでなかった7年ほど前。0歳の子供と向き合っていた。

忘れもしないある日の夕方。当然芸人の仕事もなく、かといってその日はバイトもせず、リビングで息子と寝転びながらニュースを観ていると、なぜだか「自分はもうテレビの世界に必要ないんだ」と確信してしまった。

別に何かあったわけではない。なんで急に?と思うかもしれないが、脳がそう言っていた。でっかいテレビの責任者が急に息子と私の前に現れて「もうお前ダメよ」と、ドーーーン!と指さされたような戦力外通告を感じた。

そして追い詰められた私が何をしたか?

子供の保活ブログで目立とうとした。

「子供が認可保育園に入れず、認可外の保育園に入れたら月26万円かかった」みたいな話をブログに子供の写真を添えて書き出した。

するとどうだ? バズるバズる。Yahoo!ニュースの閲覧数がどんどん増える。

そして最終的に「じゃあ東京住むな」とネット民に叩かれた。が、なんだこの気持ちは……? 叩かれてはいるものの、この社会からの疎外感が薄まっていくような感覚……。

そして次の日も次の日も保活ブログを更新した結果、なんとパパブログランキング1位に躍り出た。

わかる。最低行為です。完全に悪に手を染めてしまった。私の手は真っ黒です。

これが私の1回目の子売りです。

止められない悪事

そしてコロナ禍に突入。すると私のような仕事がない人間にとっては緊急事態宣言もなんのその。当時入っていた認可保育園も休みになる。毎日子供を連れて公園や神社、寺を巡る。それしかしてない1日が重なっていく。

だがコロナで皆仕事がない。それが少し楽だった。

「いーち、にーい、さーん……」そのころ数が数えられるようになった長男。公園に平和な音が響く。

「なーな、はーち、うーんち、じゅう!」

私「いやうんち入ってるやん」

は‼‼‼‼

動画撮ろう‼ もう一回! ほら‼‼‼

バズれるよ‼‼

私の誘導で「数字にうんち入っちゃう子供」に仕立て上げてしまった。

私は2回目の子売りに手を染めたのだ。当然その動画もバズった。もう止められない。スマホに映った自分の姿はジャンキーそのものである。

こんな親になりたくない。

お前たちの父親は最低だ。けど…

デンマーク映画『胸騒ぎ』を観ました。

デンマーク人のごく普通の家族がイタリアへ旅行に行く。そこである陽気なオランダ人の家族と出会い意気投合する。

オランダ人の家族には話せない小さな男の子がいる。

数週間後、オランダ人家族から招待状を受け取ってデンマーク人の夫婦は娘を連れて人里離れたオランダ人家族の家へ行き休暇を楽しもうとするのだが……。

(c)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

最初は気のいいオランダ人家族なのだが、小さな違和感がどんどん積み重なっていく。ガサツな感じなのかな?くらいがどんどん加速していく。彼らの狂気が淡々と迫ってくる。もちろん怖い。

が、しかし。子供がいる親ともなれば観る視点が変わる。いやそうじゃなくてもかもしれない。私は主人公の善良な夫婦に苛立ちを覚えた。

何度も逃げるチャンスがあるのに逃げない。作品のメッセージが「この世の悪は殺人者より『優柔不断なお人よし』」と言わんばかりの展開。

こんなことコラムで書きたくないが……観なきゃよかったって思ってしまった。

『ファニーゲーム』(1997年のオーストリア映画)以来かもしれない。それくらいえぐられます。観てから数時間は確実にヘコみます。

(c)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

しかし私は思った。私はたしかに子供をバズの世界に売った。最低の父親だ。軽蔑されて当然。もちろん後悔してる。

「じゃあもう1回あのときに戻ってやり直せ」と言われてももう一回必ずやる。

それしかなかったんだ。むしろもっと洗練して鮮やかなバズを見せてやる。

どうだ? 終わってる父親だろう。でもここから大事なことを言いたい。

私はここに出てくる最初陽気なオランダ人と意気投合などしない。ていうか旅先でたまたま会った人と一緒にご飯食べない。たとえしたとしても家に行かない。行くわけがない。1回会っただけで? 気持ち悪い。

一回会っただけで招待状送ってきたらさんざん悪口言って招待状破り捨ててやる。

よかったな息子たち。お前たちの父親は最低だけども簡単にやられはしない。何かやられたら、めちゃくちゃやられたフリして、下からナイフで刺してやる。

優柔不断なお人よしではなく、性格悪い人見知りだからだ。

どちらが悪なのか確認したい方はぜひ『胸騒ぎ』を観てほしい。

映画『胸騒ぎ』

5月10日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開

監督:クリスチャン・タフドルップ  
脚本:クリスチャン・タフドルップ、マッズ・タフドルップ
出演:モルテン・ブリアン、スィセル・スィーム・コク、フェジャ・ファン・フェット、カリーナ・スムルダース
2022年/デンマーク・オランダ/カラー/2.39:1/5.1ch/97分/英語・デンマーク語・オランダ語/英題:『Speak No Evil』 原題:『GÆSTERNE』/PG-12
配給:シンカ 宣伝:SUNDAE 宣伝協力:OSOREZONE 提供:SUNDAE、シンカ   
(c)2021 Profile Pictures & OAK Motion Pictures

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みなみかわ

『ゴッドタン』(テレビ東京)や『水曜日のダウンタウン』(TBS)などの人気番組に出演し、ジワジワとブレイク中の遅咲きピン芸人。総合格闘家、YouTuberとしての顔も持ち、“嫁”が先輩芸人たちにDMで仕事の売り込みをしていることも各メディアで話題に。

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