甲子園のない異常な2020夏。今こそ読みたい高校野球本、コロナに負けるなベスト
各地域で、いわゆる「高校野球代替大会」の幕が上がり、来月開催の「甲子園交流試合」の組み合わせも決定。日本に、部活に、球児に球音が少しずつ戻りつつある。甲子園のない、異常な夏。今こそ、甲子園大会、そして高校野球について改めて考えるべき機会なのかもしれない。そこで、スポーツライター・オグマナオトが、今こそ読んでおきたい野球本を紹介。コロナ禍における球児たちそのものを扱った本ではないが、どれも「現代の高校野球」について考えを深めるきっかけになるはずだ。
野球留学生のリアル
目指すべき甲子園という夢舞台がなくなり、ショックを受ける球児たち。中でも、少年時代からの夢を叶えるため、親元を離れての「越境入学」という道を選択した球児たちは、「なんのために……」という思いを抱えていてもおかしくない。
地域によっては、「ガイジン部隊」「第二大阪代表」と心ない名称で呼ばれる球児=野球留学生がそれぞれどんな環境で野球に打ち込み、どんな思いでプレーしているのか? 球児、そして指導者たちの考えに迫った一冊が『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない!〜野球留学生ものがたり〜』(菊地高弘/インプレス)だ。
著者は、大人気シリーズ『野球部あるある』を手がけた現代随一の野球部評論家。本作でも学校ごとの独自色あふれる「野球部あるある」の紹介を挟みつつ、健大高崎(群馬)、明徳義塾(高知)、創成館(長崎)など「甲子園交流試合」にも出場する強豪校、さらには巨人・坂本勇人を輩出した八戸学院光星(青森)、東の横綱・帝京(東京)など8校の指導者、関係者、そして実際に「野球留学」を選択した球児たちの声を拾い上げ、懸命に野球に打ち込む姿を明らかにしていく。
盛岡大付・関口監督が語った「日本がこれだけグローバル化しているなかで、県内だ県外だと、ずいぶん狭いところで話をしているな……とは思ってしまいますね」という言葉や、創成館・奥田校長の「私が一番大切だと思うのは、子供たちの学びの場を奪ってはいけないということ。子供たちには自分の学びたい学校を選ぶ自由があるんです」など、それぞれの指導者の信念ともいうべき言葉にはうなずけるものが多い。
そもそも「野球留学という言葉が嫌い」と取材拒否の姿勢だった明徳義塾・馬淵監督に投げかけた著者の次の言葉には、この本の基本姿勢が表れている。
この取材はどの学校がいい選手をたくさんスカウトしているか、ということに主眼を置いているのではありません。それぞれの学校に特色や地域性があって、そこで奮闘している選手や指導者がいるということをお伝えしたいと考えているんです。
『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない!』菊地高弘/インプレス
そんな「各学校の特色・地域性・奮闘する指導者」がいるからこそ、そこに球児たちが自然と集まり、やがて地域の誇りとして愛されるチームになっていく過程が描かれている。それが高校野球の原点であり、特色ある各都道府県の代表が一堂に会する甲子園の魅力につながっていくのではないだろうか。
むしろ、今回のコロナ禍によって、高校野球には地域に還元する不思議な力もある、という気づきにもなり得るはず。コロナだけでなく、災害などが起きたときにも高校野球は地域の力になってきたのだから。
県外球児の多さから、甲子園に出てもなかなか地元民から応援されなかった熊本・秀岳館高校。だが、熊本地震の際、積極的なボランティア活動に励んだことを契機に、地域からの信頼を勝ち取ったエピソードには大きな学びがある。当時の鍛治舎監督の言葉が印象的だ。
野球のグラウンドはホームベースから90度でできているけれど、我々は360度に心配り、目配りができないとダメだと。グラウンド以外の残りの270度は家庭であり、地域であり、学校であるわけです。90度のなかだけ一生懸命やっても、地域からは認めてもらえない。
『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない!』菊地高弘/インプレス
帯に書かれた「野球留学生をもっと応援したくなる本」というコピーに偽りなしの一冊だ。
「阪神園芸」を描いた青春小説
甲子園大会、と聞いて連想するもの。そこには「野球」以外のものも数多く含まれている。ブラスバンド、かち割り氷、浜風……思い浮かべることは千差万別。バラエティ豊かなラインナップこそ、高校野球という文化の芳醇さでもある。
そんな甲子園文化のひとつとして近年、改めて注目を集めているのが、甲子園球場のグラウンドキーパー、「阪神園芸」の存在だ。土砂降りの雨が降ってグラウンドに水たまりができても、わずか数分の整備でグラウンド状態を回復させ、試合を成立させてしまう技術は「神整備」「マジック」とも称され、試合そっちのけで阪神園芸の技術を見るために甲子園球場を訪れるマニアもいるほど。
この夏、「甲子園交流試合」はあると言っても試合数は少なく、例年のような「神整備」を披露する機会は少ないはず。そんな満たされない「阪神園芸欲求」を解消してくれそうな本が『あめつちのうた』(朝倉宏景/講談社)。阪神園芸はついに小説のテーマになったのだ。
主人公、雨宮大地は野球強豪校の元マネージャー。記録員として甲子園のベンチに座ったものの、甲子園の土に触れることはできなかった。そんな彼が高校卒業後に甲子園球場の整備を請け負う阪神園芸に入社。失敗を重ねながら、一人前のグラウンドキーパーを目指す奮闘ぶりが描かれていく。
主人公以上に、脇を固める元高校球児たちのキャラクターがいい。主人公の高校時代のチームメイトで、LGBTの悩みを抱える親友。そして、甲子園全国制覇のエースでありながら、投げすぎて肘を故障。阪神園芸に籍を置くことで失くしたものを探そうとする元高校球界のスーパースター(まるで藤村甲子園だ)。
劇中最後に描かれる試合は、明らかに2020年センバツ大会……つまり、現実世界であればコロナによって失われた大会だ。作品執筆時には当然、コロナのことなど念頭になかったはず。ただ、時折、現実世界の球児たちへのメッセージのような一節が出てきてドキリとする。
大雨が降って、絶望的な気持ちになるけどねえ、地面は———大地は雨の前よりもさらに強くなる。
『あめつちのうた』朝倉宏景/講談社
『あめつちのうた』朝倉宏景/講談社
雨だけでは当然ダメなのだ。雨のあとに太陽が出ないと、土も心も強くならない。
コロナという大雨で絶望的な気持ちになる今、乗り越えた先にはより強い大地=高校野球が待っているような気にさせてくれる。
春夏秋冬、それぞれの季節にどんなグラウンドキープの仕事があるのか?というお仕事小説としてもシンプルに楽しい一冊だ。阪神園芸についてもっと知りたい人には、2年前に同社グラウンドキーパーのチーフを務める金沢健児が『阪神園芸 甲子園の神整備』を上梓。こちらもおすすめしたい。
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