12月から4都市9公演でのドームツアーを実施することが決定したBE:FIRST(ビーファースト)は今、ダンス&ボーカル・シーンを引っ張るグループのひとつといえるだろう。そんな彼らの2ndアルバム『2:BE』が2024年8月28日にリリースされた。
『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)や『スピード・バイブス・パンチライン ラップと漫才、勝つためのしゃべり論』(アルテスパブリッシング)などの著者であるつやちゃんは、『2:BE』を聴いて「BE:FIRSTは今、次のステージに足を踏み入れようとしているのではないか」と記した。その理由とは──。
ダンス&ボーカルグループのジレンマ
突然だが、少しスケールの大きい話をしよう。2024年現在、活況を極めるダンス&ボーカル・シーンについて、まずは現状の目線合わせから。
近年のダンス&ボーカルグループが高い楽曲クオリティを誇っていることについては、今さらここで説明するまでもない。厳格なオーディションやトレーニングといったシステムが確立され、演者のパフォーマンス力を心身ともに鍛え上げていくというストイックな価値観が導入されたことで、間違いなく作品の水準は上がった。
そういったシステムがうまく循環しセールスを喚起していったことで、クリエイティブに予算をかけられるようになったというのも大きいはずだ。結果的にどのグループも歌とラップが巧みになり、トラックにおいても現行のクラブミュージックやヒップホップ、R&Bのトレンドをほとんど時差なく取り入れるようになった。中でも、メンバー自らが音楽ファースト、アーティシズムファースト、クオリティファーストを語っているBE:FIRSTは、それをある意味で自覚的に引き受けてきた存在でもある。
そのような背景の中で、近年のダンス&ボーカルグループは、いかにストイックな態度で楽曲のクオリティを高めていくかという競争がややインフレ化しているところもあるように思う。新たなグループも続々デビューするなかで、もはや皆のパフォーマンスがすごいし、その「すごさ」を競う目盛り幅はどんどん小さくなってきている。みな、ちょっとやそっとのクオリティでは驚かなくなった──というのは、受け手側の感覚が麻痺してきたということなのか。
また、楽曲として高い水準を求めクオリティ突き詰めていくにあたって、特定のカルチャーやジャンルを参照/研究するというアプローチも本格化している。先鋭的なサウンドやファッション、世界観を作ろうと思ったら、やはり参照元としては今のトレンドを徹底的に研究する必要があり、そうなると時代の空気を先導している大元にあたっていくほかない。
韓国にしろ日本にしろ、近年の優れたダンス&ボーカルグループの多くがそのアプローチを採ってきたはずだ。それは同時に、特定のカルチャーやジャンルに立脚すればするほど、その文化が持つ規範性に倣い、引用する側としての自分たちの真正性を証明していかなければならないということでもある。
つまりは「~しなければならない」のルールが増えていくわけで、そういった価値観のもと訓練を重ねれば重ねるたびに、隙がなく技巧的な表現になり、いわゆる“遊び”からは離れていかざるを得ない。あまりにも“キメキメ”のパフォーマンスになっていくことは、それはそれで規範から外れていくのだ。
考えてもみてほしい、ケンドリック・ラマーは技巧的なラップに練習の成果が見えるからすごいのではない。いかにも練習していないような、たった今、生まれたての言葉のように聴こえる生々しいラップを自然と吐き出すからすごいのである。規範性と真正性にがんじがらめになることが、逆にそれを遠ざけ、自らの表現を絞めつけてしまう──ここに、ダンス&ボーカルグループのジレンマがある。
定石を飛び越えたBE:FIRSTの“奇怪な表現力”
さて、そこで興味深いのがBE:FIRSTである。先に述べたような前提を踏まえると、彼らは最も難しい戦いに挑んでいると言っても過言ではない。BE:FIRSTがコミットしようとしているのはヒップホップであり、強力な規範性と真正性を要請してくるカルチャーである。だからこそ、テレビ番組『Apartment B』(日本テレビ)にしろ各種音楽メディアでのインタビューにしろ、彼らはヒップホップへの愛を自分たちの言葉で語り、そのたびに要請のハードルはますます上がっていく。
終わりなき矛盾に飛び込んでしまった以上、どういう戦略で挑むのか──。しかも『2:BE』は、前作と比較しさらにヒップホップの要素が強まったように感じる。これは、茨の道ではないか。
そう考えながら『2:BE』を聴いて、驚いてしまった。本作は、ループミュージックとしてのヒップホップのビート感覚に、さまざまなフロウを駆使したスキルフルなラップ、固いライミング、さらにはJ-POP特有の起伏のあるメロディを組み合わせ、筋肉質に鍛え上げたアルバムであることは間違いない。
特に、裏声や声色のバリエーションも含めたボーカルの技術が巧みで、やはりクオリティは抜群に高い。前述した規範性と真正性を担保するにあたっては、これ以上ない表現だろう。ただ、そういった隙のないキメキメな作風を突き詰めていくと、いわゆるヒップホップらしさからは遠ざかってしまう──というのは前述したとおり。
しかし、そのジレンマをブレイクスルーするような風通しのよさが本作には垣間見える。たとえば、「Boom Boom Back」の妙に力の抜けた表現。フックとなっている「Ba-Boom Boom Back」では声が加工され、ゆるいノリを生み出す。ちょうどよい塩梅で、肩の力が抜けたようなルーズさが素晴らしい。
「Genesis」もよい味を出している。曲中でビートを変えてまでさまざまなラップスタイルを見せつけるナンバーだが、スキルフルというよりは、もはやそれを超えたようなやけくそ気味のラップに聴こえる。同様の意味で、「Selfish」もユニーク。「Smoking shisha shisha」「Coke, Cheee, Pizza」「逃走中でも飲む焼酎」といった暴走するリリックとともに、いささかタガが外れたような奇怪な表現力にジャンプする瞬間がある。
とにかくクオリティの高いパフォーマンスをしようという価値観を飛び越えたような次元に向かっている感があり、ここにはリニアな進化論だけでは説明できない、遊び心や抜け感が漂っている。
おそらく、BE:FIRSTは今、次のステージに足を踏み入れようとしているのではないか。ゆえに、『2:BE』はむしろ今後が無性に楽しみになるようなアルバムだと思う。そしてその変化は、この先のダンス&ボーカルグループの行く末を示唆してもいるはずだ。おそらく、遅かれ早かれクオリティのインフレ化が進みきったのちに、あらゆるグループは次の道を模索しなければならなくなるだろう。
特定のカルチャーが要請する規範性と真正性を満たしつつ、訓練/鍛錬といったベクトルから逸脱するような『2:BE』を聴くたびに、私は今後のダンス&ボーカルグループの変化を想像しわくわくしてしまうのだ。