松坂桃李論──曲がりくねった路を通れば通るほど、その水は綺麗になる。

告白的男優論#23 松坂桃李論

(c)2022「流浪の月」製作委員会
文=相田冬二 編集=森田真規


『2020年本屋大賞』のベストセラー小説を李相日が監督し、広瀬すずと共に松坂桃李が主演を務めた映画『流浪(るろう)の月』が公開中だ。

ライターの相田冬二は、映画俳優・松坂桃李の演技の真骨頂は、「私たちが安易に口にしてしまう【普通】という単語に、底知れぬ【多様性】を付与すること」にあるという。

さらに、『流浪の月』での演技は「彼の最高傑作かもしれない」と評する。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の第23回、松坂桃李論をお届けする。


“水質”は変わらない

かつて【綺麗な水】と形容したことがある。
その印象は今も変わらない。

新作『流浪の月』でインタビューした際、湖の真ん中で体育座りをしているイメージから役を出発させた、と語ってくれた。

この映画には実際、湖が物語の中核的な場所として出てくるが、確かに松坂桃李は【淡水】だと思う。

『僕たちは世界を変えることができない。』や『アントキノイノチ』からもう11年経っているのかと驚かされる。

『アントキノイノチ』予告編

日本映画界における立ち位置は変化したかもしれない。主演であろうと、なかろうと、彼が映画を担い、また映画に託される比重は大きくなった。だが、彼の演技からもたらされるものは、それほど変わっていない。【水質】は、変わらない。

形が変わっても、すべてが美しい

すでに3度もピークを迎えている。

まず、2015年だ。

この年はなんと6本もの出演作が公開されている。しかも8月から11月にかけては毎月、新作が封切られていた。

1月の主演作『マエストロ!』は、パブリックなイメージであり、多くの人に求められる好青年像を踏襲したかたちだったが、4月の群像劇『エイプリルフールズ』ではセックス依存症の外科医を快演、振り切ったところを見せた。

映画「マエストロ!」予告編

8月の『日本のいちばん長い日』はクーデターを起こす若手将校、9月の『ピース オブ ケイク』では気のいい同性愛者、10月の『図書館戦争 THE LAST MISSION』ではシャープで説得力のある敵役、11月の『劇場版 MOZU』では狂気のテロリストを力演した。

【劇場版 MOZU】キャラクタースポット 「新キャスト」編(ビートたけし/伊勢谷友介/松坂桃李)

『マエストロ!』以外は、ある種、過剰なところのある役どころばかりで、しかし似通った部分はほとんどなく(『図書館戦争』と『MOZU』はどちらもヒールだったが、正反対の性格であった)、演じるキャラクターの分布図は明らかに拡大した。だが、松坂桃李が変幻自在の憑依型になったかといえば、そんなことはないと考える。

むしろ、膨大な量の松坂桃李バリエーションを立てつづけに目撃することで、この俳優の資質を体感することになった。

松坂桃李は、どんなに曲がりくねった路を通過しようとも、濁流に巻き込まれようとも、【綺麗な水】なのである。単に清潔、というのではない。流れれば流れるほど澄んでいく、と形容すればいいのだろうか。急な勢いで岩にぶち当たり、たとえ砕け散っても、その水飛沫も、水中に派生する泡も、すべて美しい。形が変わっても、水質は変わらない。そんな、エコロジカルな安心感がある。


映画俳優、松坂桃李の真骨頂

第2のピークは、2017年から2018年にかけて。『エイプリルフールズ』から異形の進化を遂げたともいえる、『彼女がその名を知らない鳥たち』でのゲス男っぷりは爽快で、ついに【炭酸】をまとうまでになった。

『彼女がその名を知らない鳥たち』本予告篇

女性たちのことも、自分自身のことも、結果的に救う健全なセックスにまみれる『娼年』は、松坂桃李のいいとこ取りの【ベスト盤】の趣があった。そして、役所広司との再会でもある『孤狼の血』。血気盛んな青年刑事の野心を【ソーダ】感覚で飲ませる技に、ひとつ上のステージがあった。

映画『娼年』予告篇

そして、松坂桃李は、2019年、第3のピークを迎えた。『新聞記者』と『蜜蜂と遠雷』の年である。とりわけ後者は、天才たちに仄かなコンプレックスを抱きつつ、家庭人としての己もまっとうしつつ、最後の挑戦となるピアノコンクールに臨む善良なピアニストを、淡く独特のフレーバーでくるんで、映画俳優・松坂桃李の真骨頂を見せつけた。

映画『蜜蜂と遠雷』予告

平凡な人物の、微細な歪み、隠蔽された諦め、抑止された激情、それがあるのにない振りをすること。

松坂桃李は【綺麗な水】を通して、どんなに地味な人間も、誰にも似ていない【個性】を有していることを教えてくれる。

もっと直裁に言えば、彼の演技は【無個性】という概念をやんわりと否定しているのだ。

それは、私たちが安易に口にしてしまう【普通】という単語に、底知れぬ【多様性】を付与することでもある。

最新のピークを迎えた『流浪の月』

映画『流浪の月』 (c)2022「流浪の月」製作委員会
広瀬すずとW主演を務めた『流浪の月』

何を語ってもネタバレになってしまいそうな『流浪の月』において、松坂桃李は早くも最新のピークを迎えている。ことによると、これが彼の最高傑作かもしれない。

少なくとも3つの時代を表現するこの俳優は、それぞれに性質の異なる逡巡と苦悩を行き渡らせ、時間の経過によって深刻化する魂のありようにふさわしい色彩を塗っている。しかし、何が炙り出されようとも、どんな色を発見しようとも、主成分は【綺麗な水】であることを、私たちは知っている。

『流浪の月』本予告

絶望の縁にある者が、それでもなお、【綺麗な水】であるとは、いったいどういうことなのか。

わからない。

だが、自身の性に悩み、ある女性との出逢いを、別離を経験し、彼女との再会によって崩壊の危機にも直面する主人公を演じる松坂桃李は、かつてないほど、美しく、また凪いだ水面の上にいる。

今、その水は止まっている。

いつ、動き出すのか不明なほど、完璧に静止している。

映画『流浪の月』 (c)2022「流浪の月」製作委員会

【関連】連載「告白的男優論」

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  • 映画『流浪の月』 (c)2022「流浪の月」製作委員会

    映画『流浪の月』

    2022年5月13日(金)全国ロードショー
    原作:凪良ゆう「流浪の月」(東京創元社刊)
    監督・脚本:李相日
    撮影監督:ホン・ギョンピョ
    音楽:原摩利彦
    出演:広瀬すず、松坂桃李、横浜流星、多部未華子、趣里、三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、内田也哉子、柄本明
    製作総指揮:宇野康秀
    配給:ギャガ
    (c)2022「流浪の月」製作委員会

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相田冬二

Written by

相田冬二

(あいだ・とうじ)ライター、ノベライザー、映画批評家。2020年4月30日、Zoomトークイベント『相田冬二、映画×俳優を語る。』をスタート。国内の稀有な演じ手を毎回ひとりずつ取り上げ、縦横無尽に語っている。ジャズ的な即興による言葉のセッションは6時間以上に及ぶことも。2020年10月、著作『舞台上..

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