伊藤英明論──聖なる動と、堂々たる静。表も裏もない一枚岩としての迫真が、伊藤英明には漲っている。

告白的男優論#21 伊藤英明論

(c)2022 映画『KAPPEI』製作委員会 (c)若杉公徳/白泉社(ヤングアニマルコミックス)
文=相田冬二 編集=森田真規


1999年7月に世界が滅亡するという「ノストラダムスの大予言」に備え、救世主になるべく人里離れた地での殺人拳の修行に人生を捧げてきた男・勝平に扮した伊藤英明の最新主演作『KAPPEI カッペイ』が、3月18日に封切られた。

ライターの相田冬二は、「伊藤英明は、【言語道断】である」と評する。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の第21回、伊藤英明論をお届けする。


伊藤英明、その破格のポテンシャル

なんと言っても『悪の教典』だ。三池崇史監督とは一蓮托生にして縦横無尽、終わらない夜行列車のようなコラボレーションをつづけているが、その旅の中でも最も凄まじい成果を挙げているのが『悪の教典』である。辣腕、三池の膨大なフィルモグラフィの中でも、男優を捉えるという観点から鑑みれば、屈指の強度を誇っている。

『悪の教典』

伊藤英明でなければ成立していない。というより、伊藤英明だからこそ、映画は怒濤にして深淵、破壊と静謐が聖なる死闘を繰り広げる、破天荒な領域へと突入した。

伊藤英明は、たったひとりでバトルロワイヤルを展開できる、神話的な演じ手と呼んでいい。スケールがとてつもなくデカい。肉体の話ではない。神通力としか言いようのないスピリチュアルな存在感が、有無を言わせぬ迫真となっている。その無尽蔵のエネルギーのありようが、規格外なのだ。

海猿3:THE LASTMESSAGE予告編【フジテレビ公式】

伊藤といえば、誰もが『海猿』シリーズを思い浮かべるだろう。そして、あのシリーズで伊藤が体現したヒーローと、『悪の教典』で生徒を殺しまくるサイコパス教師はかけ離れている、と感じているかもしれない。

だが、違うのだ。

こと、演技の迫力ということでいえば、両者はまったく乖離していない。問答無用、鬼の説得力。命を救うためにはすべてを投げ打つ『海猿』における覚悟と、常人には到底到達しえない『悪の教典』における殺人鬼=クラッシャーの孤独は、明らかに通じ合っている。

善と悪。光と闇。

人はとかく分別したがるが、対比されるこれらは実は同じものを共有している。

善には善の信念がある。
悪には悪の信念がある。
光には光の揺るぎなさがある。
闇には闇の揺るぎなさがある。

伊藤英明は、中途半端な生命は体現しない。

彼は一貫して信念を演じているし、揺るぎなさを表現している。

その破格のポテンシャルを前にしたとき、それが善であるか悪であるか光であるか闇であるかなど、どうでもよくなる。

ただ打ちのめされ、途方に暮れていれば、それでいい。伊藤英明を目撃するというのは、そういうことだ。

存在の静けさから醸し出される“神話的なムード”

伊藤英明の映画キャリアを振り返ると、静かな役が多いことに驚かされる。動的なキャラクターであっても(『悪の教典』も『海猿』も確かにアグレッシブでありパッショネイトではある)、そのフォームはかなり静的な雰囲気をまとっている。

寡黙なのではない。存在に静けさがある。

彫りの深い相貌が、イタリア芸術の彫像を思わせるせいかもしれない。躍動するモーメントではなく、静止するエモーションが、彼の肉体からは感じ取れる。そのような日本人俳優は現在、ほぼ見当たらない。いや、もはや欧米にもいないかもしれない。だが、かつてはいたのだと思う。海外にも。日本にも。

だから、私は、伊藤英明から、神話的なムードを感じる。

初期の『LOVE SONG』から『この胸いっぱいの愛を』に至る、傷つきやすい静けさ。一方、『アンダルシア 女神の報復』や『3月のライオン』に見られる、傷つくことのない静けさ。たとえば、ナイーブな青年性、あるいは、男の色気。そうした陳腐な言い回しには、伊藤英明のスケールはけっして収まらない。


伊藤英明は“言語道断”である

映画『KAPPEI カッペイ』予告

最新主演作『KAPPEI カッペイ』は、特異な設定の物語である。戦うために生まれてきたはずの男が、戦いのない世界を生きるしかなくなり、そこで、完全にズレまくった純情を炸裂させる。

などと、あらすじらしきものを書いたところで、何も伝わらない。なんの意味もない。

伊藤英明が演じる勝平と、彼が恋に落ちる上白石萌歌が演じる女子大生・ハル

驚天動地な展開も、心身が軋むようなクライマックスも、【あり得ない】を【あり得る】にひょいと変換してみせる伊藤英明の、聖なる動と、堂々たる静の合わせ技によって、成立している。まるで、野太い魔法。裏も表もない、一枚岩。

笑っていいよ。映画はそんな体(てい)で繰り広げられるし、もちろん笑うこともじゅうぶん可能だが、火事場の馬鹿力というよりは、真空の乾布摩擦とでも形容すべき、主人公の過剰なまでに真剣な生き様を前にしたとき、私たちはまたしてもうな垂れることになるだろう。

映画『KAPPEI カッペイ』より

伊藤英明は、【言語道断】である。

否定的な意味ではない。【言語道断】とは、もともと、真理の奥深さは言葉では言い表せない、という意味の仏教の語である。

顔色ひとつ変えずに、伊藤英明は、言語化不能の頂に、今日も立っている。

【関連】連載「告白的男優論」


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    映画『KAPPEI カッペイ』

    2022年3月18日(金)より全国東宝系にて公開
    監督:平野隆
    脚本:徳永友一
    原作:若杉公徳(「KAPPEI」白泉社・ヤングアニマルコミックス)
    出演:伊藤英明、上白石萌歌、西畑大吾(なにわ男子)、大貫勇輔、古田新太、森永悠希、浅川梨奈、倉悠貴、橋本じゅん、関口メンディー(EXILE/GENERATIONS)、鈴木福、かなで(3時のヒロイン)、岡崎体育、山本耕史、小澤征悦
    配給:東宝
    (c)2022 映画『KAPPEI』製作委員会 (c)若杉公徳/白泉社(ヤングアニマルコミックス)

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相田冬二

(あいだ・とうじ)ライター、ノベライザー、映画批評家。2020年4月30日、Zoomトークイベント『相田冬二、映画×俳優を語る。』をスタート。国内の稀有な演じ手を毎回ひとりずつ取り上げ、縦横無尽に語っている。ジャズ的な即興による言葉のセッションは6時間以上に及ぶことも。2020年10月、著作『舞台上..