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心の縄張りが可視化できる土地を求めて
それにしても、なぜ絲山さんは数々の赴任地の中でも、群馬・高崎で生きることにしたのだろうか。
先のインタビューの中で、「自分と山との距離感」から「自分がいつもどこにいるのか群馬にいればわかる」ことに安心感を覚えると語っている。
「今でも東京の実家に帰ったら、だだっ広くて自分がどこに居るのかわからない。どこのことまで把握していればいいのかわからない。だからやはり帰ってきてほっとします。心の縄張りを可視化できるようなことは、私にとっては大事なことなのです」
心の縄張りという言葉は新鮮だった。
確かに東京では、自分がどこにいて、どこまでのことをケアすればいいのかわからない感覚はあった。けれど、私にとってそれは故郷でも同じだった。
住んでいる町のほかにも、「十勝地方」の連帯意識があり、「札幌市民とそれ以外の町の人間」という認識があり、さらには本州を指した「内地」の人に対して「外地」の人間であるという自負がある。広大な地に広がる幾重にもなる境界のどの枠内にも属せる気がせず、その場その場に応じて適切な“縄張り”を伸縮させてきた。
土地と自分の間に固定の関係を結べなかったことが、私を異邦人たらしめてきた理由なのではなかろうか。そういう意味では、街に合わせてさまざまな顔を差し出せる東京は居心地がよかった。けれど、ひとつの街が抱えられる記憶のストレージには限界がある。思い出が飽和してしまった東京はどこを歩いても悲しくて、容量を超えた分だけ涙がはらはら止まらない。
いつまで自分は“よそもの”でありつづけるのだろう。
そんな漠然とした不安に押しつぶされそうになったとき、絲山作品に登場する人物たちを思い出す。各地を流れるように生きる「欠落」した“よそもの”たち。彼らに初めて出会ったときから十数年の歳月を経て、私はまた彼らの存在に支えられる。
いろいろな地を流れながら、“私の土地”を探すのもいいかも知れない。
近くに山が見えない十勝の平野は、ただただ遠くまで広がっている。
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