映画『ノマドランド』から考える21世紀の“新しい”生き方
2021年2月28日(現地時間)に発表された第78回ゴールデン・グローブ賞で、ドラマ部門の作品賞と映画部門の監督賞を受賞した映画『ノマドランド』(3月26日公開)。4月25日(現地時間)に行われる米アカデミー賞でも作品賞の本命と目されている。
企業の破綻と共に住居を失った中年女性のファーンが、亡き夫の思い出を詰め込んだキャンピングカーで「現代のノマド=遊牧民」として季節労働の現場を渡り歩き、往く先々でノマドたちと交流する──というのがストーリーの概要だ。
『メディアの牢獄』(1982年)や『もしインターネットが世界を変えるとしたら』(1996年)などの著書を持つメディア批評家の粉川哲夫が、“ひとり対談形式”で『ノマドランド』を観て考えたことを綴った。
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「ミル・プラトー」とは「無数の現場」、「ノマドランド」だ
──クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』がアカデミーの作品賞・監督賞、フランシス・マクドーマンドが3回目の主演女優賞と、オスカー総なめするんじゃないかなんて言われてるけど、どうでしょう? 原作はジェシカ・ブルーダーのノンフィクション『Nomadland: Surviving America in the Twenty-First Century』 (邦訳『ノマド:漂流する高齢労働者たち』春秋社/2018年)ですね? 映画はドキュメンタリー調で、ほとんどの出演者がプロじゃない。
原作がドキュメンタリーだから、そういうやり方になったとも言えるけど、それだけじゃないと思うの。そもそもこの原作、副題が「21世紀のアメリカに生き残る」とくるんだから、邦題のようなことだけを書いてるわけでもない。「ノマド」が今後の生き残りの主要な方法だと言うんです。あなたも、「ノマドアーティスト」なんて自称してヨーロッパをうろついていた時代があったよね?
──ノマドがトレンディな言葉になったころのことですね。「遊牧民」や「放浪者」なんかよりもっとつっぱった感じで、国家や組織の境界線を越えて横断的に活動するなんて気取ってた。
おそらく、ドゥルーズ+ガタリの『Mille Plateaux』(邦訳『千のプラトー』河出書房新社/1994年)からじゃないの? あの中の「ノマド論」が『NOMADOLOGY: THE WAR MACHINE』というタイトルでブライアン・マスミによって英訳され、英語圏で「ノマド」が流行る。
──ただ横断的に活動するだけだと、マルタイナショナル(多国籍企業)なんかと変わりなくなりますが、ノマドの基本は所有をしない、定住しないということですね。
そう、それが基本だ。映画の中で、ファーン(フランシス・マクドーマンド)は、たまたま出会った昔の教え子の幼い娘から「ホームレスなの?」と聞かれたとき、諄々(じゅんじゅん)と諭すように「違うわよ、ホームレスじゃない。ハウスレスなのよ。同じじゃないの、いいわね」と答えるけど、「ハウス」は所有と定住の象徴。それと、ホームというのは、家や家庭の中にあるわけではなく、各人の今ここ、つまり心と身体の中にあるんだよね。だから、ホームレスかどうかは個々人の問題で、家があったって、アットホームじゃないということもあるわけです。
──「ミル・プラトー」(Mille Plateaux)って、「千の台地」なんて訳されますが、あれこそ「ノマドランド」じゃないんですか? 「プラトー」を難しく考えるからわけのわからないタイトルになるんだろうけど、フランスで「10h-midi, plateau」(ディゼーミディ・プラトー)というメモをもらったことがありますが、これは、「午前10時に現場で」という意味です。だとすれば、「ミル・プラトー」は「無数の現場」で、そこにノマドがいると。
なるほど、学者先生は認めないだろうけど、それは正解だと思うな。原作者のジェシカ・ブルーダーは大学で教えていたりもする人だから、当然「ノマドロジー」は意識していたはずだ。監督のクロエ・ジャオも、ニューヨーク大学の映画科出身だし、ドゥルーズ+ガタリは熟知しているでしょう。ファーンが出会う人たちとの対話は、あくまでドゥルーズ+ガタリ的な意味でだけど、精神分析医と患者との関係です。古典的な精神分析と違い、彼らの言う「スキゾ分析」では、「医者」と「患者」の関係が絶えず入れ替わる。
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