『ねほりんぱほりん』から『私だけかもしれない講座』へ。テレビのセオリーを疑う(藤江千紘)

2020.9.21
ふじえちひろ

文=藤江千紘 構成=井上マサキ
編集=アライユキコ


『ねほりんぱほりん』(Eテレ)などの企画演出で知られるNHKエデュケーショナル主任プロデューサー・藤江千紘が「『Z世代』に向けたテレビ番組の開発」というお題に悩み苦しみ、異能のアーティスト・坂口恭平を講師に迎えて発信するに至ったのが『私だけかもしれない講座』(Eテレ)。キーワードは合気道?

共感を求めようとするほど、狭いものができてしまう

「なんのために、誰のためにテレビ番組を作っているんだろう」と思いながら、『私だけかもしれない講座』(Eテレ/9月22日22:50~放送)という番組を作りました。

副題は「99.99999%の人には役に立たないかもしれない 史上最もニッチな講座番組」。講師自身が抱えていた超個人的な問題の、超個人的な解決法を伝授することで、この世のどこかで同じことを考えている人、“これって私だけかもしれない”と悩む人を救えるのではないか……という番組です。

つまり、この番組が刺さるのは、もしかしたらたったひとりだけ。テレビという、たくさんの人が目にするメディアにとってはニッチすぎる番組なのですが、その「誰かひとり」に深く刺さるようなコンテンツを目指しています。

副題は「99.99999%の人には役に立たないかもしれない 史上最もニッチな講座番組」
副題は「99.99999%の人には役に立たないかもしれない 史上最もニッチな講座番組」

もともと、10代~20代前半のいわゆる「Z世代」に向けたテレビ番組の開発、というお題があって今回の企画がスタートしたんですが、考えれば考えるほど「テレビ、ましてやNHKにできることって何もないんじゃないか」と思って諦めのような気持ちになってしまったんです。

数十人のZ世代の人に会って話を聞きました。どんなコンテンツに触れ、どんなふうに毎日過ごし、どんな人とどんなふうに過ごしているか、どんなことに悩み楽しいと思っているのか……。みんな見ているものも違うし、聴いている音楽も全然違います。情報は、深く、はやく、多様に、身近に、ネットから触れられて、ゲームや配信など没頭できるもの、いつでもどこでもインタラクティブな体験ができる楽しいものがたくさんある。わざわざリモコンでスイッチをつけて、何チャンネルがどこの局かもわからないようなテレビを探す手間をかける前に、すでにたくさんの心地よい刺激あふれるものに囲まれているんです。実際、YouTubeやNetflixなどが観られるなかで、私が話を聞いた人のほとんどはテレビを観ていませんでした。

そんななか、ひとりの大学生の女の子に出会いました。その子は「そんなには観ないけど、『マツコの知らない世界』とかが好き」と言うんです。理由は「知らない世界があるとか、わからないことがあるのがうれしいから」。

フォローしているSNSから、友達の話や好きなものの情報は流れてくる。でもSNSでまわりの目を常に意識しつづけるのも疲れてきて、「いいね」とか「あるある」とかにもちょっとうんざりしてきた。自分の将来が全然見えなくて、自分に自信が持てなくて不安ななかで、気持ちのよいものに囲まれて現実逃避していることが多いけど、ふと、「このままで自分いいんだろうか?」と不安になることがある。そんなときに、これまでとまったく違う何かに、思いもしない方向から自分を揺り動かしてほしい気持ちがどこかにある。だけど、何にでも辿り着けそうに見えて、逆に自分がネットやSNSを通じて「思ってもみないこと」に辿り着くのは難しい……もしもそういうのがあったらテレビ観るかも、と。

そんなことを考えている人がいることに驚いて、「この子に深く刺さるようなものができないかな」と思いながら、番組を進めていくなかで、ちょっとしたことで迷うと常にその子のことを思い出していました。「あの子は、どっちが好きかな?」「どっちをおもしろいと思うかな?」「どうしたら新鮮に感じるかな?」って。

2015年に『ねほりんぱほりん』を立ち上げたころから感じているのですが、どこにいるかわからない「みんな」を想定して、その人たちにわかりやすそうな番組を作ると、どんどん角が取れていって、よくわからないものができあがります。多様さが特徴的なZ世代で「共感を目指そう」とすれば、テレビ側が「こうじゃないか」と作った型にはめていく作業になってしまうはず。

みんなに共感されるものを目指そうとすればするほど、「共感探し」になって、逆に、どんどん狭いものができてしまう気がします。たとえ共感できなくても、「そういう人がいるんだ」「そういうものがあるんだ」とわかるほうが、世界が豊かだなと感じるのでは、と思うんです。

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