『激レアさん』『シンパイ賞!!』『キョコロヒー』『お笑い実力刃』、“クズ芸人”と“涙”の話、賞レース【2021年バラエティ番組振り返り(2)】


賞レースとこれからの“笑い”

ヒラギノ 「野暮」なものだったという指摘はまさにで、少し前までは涙はおろか「本音の話」自体タブー視というか、「客に聞かせるもんじゃない」という意識がもっと強かったですよね。

『M-1アナザーストーリー』なんかはわかりやすい例といえると思いますが、時流がドキュメント、あるいはリアリティショーを求める方向に行っているので、「楽屋裏」の話として忌避されてきた話こそが価値を持つようになってきている。行き過ぎるとエモーションで人を消費するようなスタンスにつながるので、過度に煽情的にならないよう、実在する登場人物たちのメンタルヘルスを脅かさない加減を作り手と視聴者が学んでいくタームが来たのかなと思っています。

野田さんを見るたびに好きになっていく感覚、自分にもあります。『水ダウ』での一件もそうですし、『アメトーーク!』大宮セブン回にも顕著な義理堅さ、好きなことを本気で楽しんで取り組む姿など、好感を持って追っていきたくなる魅力を感じます。『野田レーザーの逆算』での逆算問題や『マヂカルクリエイターズ』での謎解きなどの知性を問う企画のほか、ゲームや筋トレ、ペットのはむはむなど、関心の分野がはっきり提示されていて、それに関連した仕事が継続的に来ているので、企画に自分を寄せにいくような無理やり感がないのが観ていて心地いい要因として大きいのかなと思います。そういう意味では、適切な仕事を供給しているマネジメント側の手腕も大きく関わっているのかもしれません。

マヂカルラブリーのマネージャーはチョコレートプラネットも担当している両國龍英氏

野田さんしかり、「まじめにしゃべる」と「何気なくしゃべる」の件にもつながってきますが、今は芸能人の虚飾のない姿に魅力を感じる人が多いのだろうなと改めて思いました。00年代ごろまでは人気者が集まるコント番組の作り込まれた笑いがテレビの王道だったように思いますが、今は視聴者のリテラシーが上がって、作り込まれた感がある程度見て取れるようになってきたことで、より剥き出しの、素のままの人間を観たいのかなと。

西森 私は、『アナザーストーリー』はドキュメンタリーであって、リアリティショーの文脈とは切り離して考えないといけないと思いますし、何かに向かってひたむきにやっているところをカメラで追うこと自体が、すぐに消費につながるとは言い切れないと思います。もしも、何かものすごく当人がしんどくなるような演出や切り取りや編集をしているのなら別ですが、現時点ではそういうことも見当たらないと思います。もしも、私が見逃しているのであれば、間違ったことを言っているかもしれませんが。

もしもメンタルヘルスを考えないといけないとしたら、大会のために何かものすごく無理をしたり、負荷がかかったりしている場合にそれを取り除くことのほうが重要で、現時点ではそこまで不健全な大会になっているわけではないと思います。あと、作る側と観る側、どちらももちろん繊細さが必要かと思いますが、今のところは、『M-1』を観る側が、芸人が苦しくなるほどの消費をしている状態でもないとは思います。

自罰的に我々の見方を問う姿勢というのは必要だし、それを作る側や出演する側にも向けることも必要なのですが、我々が観ているものや、情報だって一部でしかないので、なるべく、結論を急いだり、断定的になるのではなく、たくさんの角度から冷静に見てあげたほうがいいのかなと、最近、個人的には思います。もちろんそれは、自分にも返ってくることなんで、自戒を込めてですけどね。

スキマ 賞レースでいうと今年は過去最高レベルだった『キングオブコント』がやはり印象深いです。今年の『M-1』決勝メンバーもそうですが、ライブシーンの熱気がそのまま伝播していた感じがしました。あと、「優しい笑い」だとか「多様性の笑い」とか「傷つけない笑い」みたいに言うとなぜか反発されたりするんですが、間違いなくその傾向はあったと思います。

芸人さん本人も「思想とか関係なく笑いは裏切りだから、これまでのセオリーを裏切っただけ」みたいなことを話されていますが、これは一面ではそのとおりだと思いますが、それだけでは説明がつかない。だって、同じ裏切るにしてもまったく逆の方向に裏切ることもできるはずだから。

それによく漫才などではその人のニンが出たネタができるとブレイクするみたいに言われるし、(ハリウッド)ザコシショウさんとかが常々「体重が入らないとダメ」みたいなことを言っているように、コントにもその人のキャラなり考え方なりが乗っていないと爆発的な笑いは生まれないはずです。だからやっぱり傾向としてはそういう方向に現時点では行っているんじゃないかと思います。

ヒラギノ 『M-1』については別記事(「『M-1グランプリ2021』という大会自体を批評する」)で書かせていただいたんですが、『キングオブコント』が年々着実にプロップスを上げているのをうれしく思いながら観ています。松本人志は『M-1』以外の賞レースを下げてイジることがままあり、今年の『M-1』のオープニングトークでも『THE W』についてそういう言及をしていましたが、今年の『キングオブコント』では「お笑いコンテストとしての格が一個上がった感じがした」と明言していた。

『M-1』だって創立当初は「よしもとがなんかけったいなことを始めたな」程度にしか思っていない芸人が多かったという話が『やすとものいたって真剣です』で語られていましたし、ほかの賞レースも『M-1』『キングオブコント』につづいて影響力をより確かなものにしていくのだと思っています。

「誰も傷つけない笑い」「多様性の笑い」といった概念に関しては、「ただおもしろいものを目指していたらこういうものになった」という旨の言及をしている芸人が散見されます。世間が成熟して「おもしろさ」の価値観が移り変わっているというごく自然なことと捉えていますね。「“わざわざ”これを言ったら傷つく人がいるかもなんて考えるかよ」から「“わざわざ”おもしろくもないのに誰かが傷つくようなことは言わない」へと、“わざわざ”の向き先が変わってきたんじゃないかと。

個人的に気になっているのが、この流れを受けて最も再評価される人物だと思っている、内村光良の今後の動向です。もちろん誰しも聖人君子ではないですが、同時代を生きた芸人たちからの「とにかく優しい人だ」といった評判や『LIFE!』でのコント、MCとしての立ち居振る舞いなどから、「誰も傷つけない笑い」的なことを昔から志向している人なんじゃないかと思っています。かつて『優しい人なら解ける クイズやさしいね』という番組のMCもやっていましたし。

ということで、最後に2022年のテレビの注目ポイントを言って締めておくと、ここへきての「内村光良が来るんじゃないか」という。目新しさのない人選になっちゃいましたが(笑)、本当に思っています。

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てれびのスキマ

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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。