『激レアさん』『シンパイ賞!!』『キョコロヒー』『お笑い実力刃』、“クズ芸人”と“涙”の話、賞レース【2021年バラエティ番組振り返り(2)】



DJ松永の“涙の話”

ヒラギノ 涙の話でいうと、自分が目下気になっているのは「人は涙が好きすぎる」ということです。『マツコ会議』でのDJ松永の件は、ジェンダー論の観点に照らし合わせると、特権性に無自覚な姿勢が表れたものだった、というのがだいたいの所感ですが、引っかかりを覚えた人たちが何に引っかかっているのか、じゅうぶん認知されていないように思います。それよりは、涙を流しながら語る姿に対する「熱い話だったな」「なんかよかったな」というところで多くの視聴者の認識が止まっているように感じるんです。

椿をはじめ踏みつけにされた人々への思いが語られるのではなく、あそこで自分たちの不遇を思って泣けてしまうこと自体に構造的なグロテスクさを感じた。本人は本気でつらいんだと思うし、「ヒップホップの存亡」や「メディアの切り取り」の件と絡めて話されたので、視聴者としては問題の切り分けが難しいのだと思います。

ただそれぞれ腑分けしたときに、自分たちのコミュニティでミソジニーがまかり通っていて、それにじゅうぶん対処していない、という問題が厳然とある。それに対する認識の程度が伝わったので批難を呼んだというのが大まかな流れかと思うのですが、放送後のラジオでも「切り取りだ」「怒ってる皆さんは勘違いですから」と自分の弁明に終止した。「椿を誹謗中傷するのはやめてくれ」とか、槍玉に上がった人のケアはなく、「勘違いだ」と繰り返して、受け取り手側の問題にしてしまうのか……というのも残念に思いました。

「ラジオを聴けばわかる」という擁護の声も多かったですが、最初に踏みつけにされた人の話がされていないという点で一貫していたと思います。あの直後のSPウィークに呂布カルマをゲストに呼んだのも、マジか……というか。

なんだけど、そういう本質的な思考をすっ飛ばしてエモーションで「なんかいいな」に持っていく力が、「有名人が泣きながら語る映像」にはあるのかもしれない、というのが今年のいろいろを観て思ったことです。

今年話題になった涙のシーンが多かったので、来年以降増えると思うんです。泣く人が出そうなテーマ設定にしようという意識は高まりうるよなと。そのときに、視聴者として本質を見失わずに捉えられるか、というのが問われる気がしていて、今からなんというか、身構えています。テレビっ子として自分を誇っていたいですし。

西森 ヒラギノさんが涙の話題を出されていて、それとはまた別の話になるのかとは思いますが、私も「お涙頂戴」は好きじゃないんですけど、最近のDJ松永さん、野田さん、『M-1』の錦鯉さんとかも含めて、それは「お涙頂戴」ではなくて、本人の感情が出てしまった瞬間が映し出されてしまっただけなのかなとは思います。

もちろん、昨今は「本音」が好まれるという傾向もあるし、それが消費されているのではないかということも考えないといけないとは思うんですが、『マツコ会議』の問題点は、また別のことなのかなとは個人的に思います。

私はインタビューをたくさんしますが、当人が言っている文脈をこちらの都合のよいように抜き出したり、編集したり、粒立てたりしてはいけないと思ってやっています。そういうこちらの都合のよい解釈を広げることこそが、「消費」につながると思います。

もしかしたら、文脈を理解し切れてなかったために、悪意なく誤解を与えてしまうことも、この世の中にはあると思います。そのとき、それをしてしまったほうは、非を認めて次から改めるしかないし、誤解された当人は、やっぱり自身が言葉を尽くして、そのときにこういう文脈であったのだと言及することは、けっして悪くないと思います。

なので、ひとまず、『マツコ会議』で炎上して、それをラジオで弁明した流れについては納得しています。またそれ以外のところで、コミュニティにミソジニーがあるということは、別のこととして、一から考えないといけないとは思いますが。

まあでも、「泣く」ということ自体は悪くはないんですが、確かに自身を甘やかすために「泣く」というものも、確かに存在しないわけではないなとも思いました。

スキマ 松永さんの涙については、本人はマツコさんが「わかってくれてうれしい」から泣いたと言っていましたが、実際には、自分の中で結論が出ていない問題を迷い揺らぎながら話していった末の感情の昂ぶりなんじゃないかと番組を観ていて思いました。それは表現者として甘い、未熟だと言われればそれまでですけど、僕は人間として魅力的に感じました。

それとは別に芸人の涙に関しては、「本音を語る」傾向の延長線上に出てきたものだと思います。それは単に本音を言うから涙が出るということもあると思いますが、先ほど西森さんもおっしゃっていた「芸人たるものは」みたいなものからの解放という側面もあるのかなと。

ずっと本音や裏側を語るのは野暮だと言われていたし、涙を見せるのなんてもってのほかだったけど、そういうのが薄まってタブー感がなくなった気がします。もちろん、若林さんにしても野田さんにしても泣こうと思って泣いたわけじゃなく、出ちゃったものだと思いますが。

あと今年、野田さんは見るたびに大好きになっていったなあと。大宮セブンや地下芸人たちをさり気なく引き上げるところだったり、理路整然としていつつ感情もよく伝わってくる語り口だったり、誠実で気骨のある人柄がとてもよく出ていて。先ほど、大好きな番組が終わってしまった年だと言いましたが、大好きな番組が始まった年でもあって。

その筆頭が『野田レーザーの逆算』です。自分も一緒に考える楽しさはもちろん、野田さんとカズさんの知性派負けず嫌いのふたりが大人げないほど夢中になって逆算問題を解く姿がたまらなくおもしろいです。

賞レースとこれからの“笑い”


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てれびのスキマ

1978年生まれ。ライター。テレビっ子。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビ えげつない勝ち方』(文藝春秋)など。