次点『僕はまだ野球を知らない』少子化に切り込む

オグマ 昨年末に雑誌連載はひと区切りを迎えた『僕はまだ野球を知らない』。「今こそおもしろい野球マンガを選ぶ」という趣旨からすると、ちょっと反則的かもしれませんが、作者は「なんらかの形でつづけたい」と巻末コメントでもツイッターでも表明しているので、つづきがある、と見込んで紹介したい作品です。
ツクイ セイバーメトリクス(野球の統計学)をテーマにしました、という出オチ野球マンガかと思いきや……。
オグマ そうなんです。私も当初は、テーマありきで野球描写が追いついていない、という評価だったんですが、巻を重ねるごとに、セイバーの先にもっと志が高いことを描こうとしているのが見えてきた。この作品、本当に描きたいのはセイバーよりも、「少子化の時代に高校野球部はどうあるべきか」ということ。そのひとつの材料がセイバーなだけで、本質は、高校野球部の問題点を浮き彫りにしよう、という作品なんです。また、東京で都立高が私学を倒すためには「都立連合」を結成してデータを共有するしかない、という着眼点もおもしろい。実際にそれができるかはさておき、確かにそうだなと思わせるものがあります。
ツクイ セイバーを「弱者の兵法」として扱っているのも、そもそものセイバーの成り立ちとも合致するし、それはプロ野球より、高校野球のほうが当てはまるんですよね。体格の差、財力の差をどう埋めるか、という。
オグマ まだまだトラッキングもセイバーも、野球好き界隈以外には認知度が低いので、そこをもっと知らしめる上でも意義のある作品かなと。ぜひ、つづきを描いてほしい作品です。
2020年の野球マンガ界に期待したいこと
オグマ ランキング紹介は以上ですが、ほかに最近の野球マンガ界隈で気になることは?
ツクイ 『MIX』(あだち充/小学館 ※既刊16巻)、『MAJOR 2nd』(満田拓也/小学館 ※既刊18巻)、『ダイヤのA act2』(寺嶋裕二/講談社 ※既刊20巻)、『BUNGO』(二宮裕次/集英社 ※既刊20巻)、『バトルスタディーズ』(なきぼくろ/講談社 ※既刊22巻)といったビッグタイトルがどれも盤石でおもしろいなか、新たな定番作品を描く作者に出てきてほしいですよね。
オグマ 本当にそのあたりはちゃんとおもしろいですからね。野球描写力も高く、専門知識や最新理論も満載です。個人的には、『ダイヤのA』でも『BUNGO―ブンゴ―』でも、昨年話題になった「お股理論」「スラッター」が出てきたのが、時代のトレンドをしっかり描いているな、と唸りました。
ツクイ 現代の新魔球と言われるのがスラッターですからね。ただ、そういった専門知識や野球リテラシーの高さが売りの作品がある一方で、野球知識がそれほどなくても気軽に読める作品群が少ないので、往年の『かっとばせ!キヨハラくん』(河合じゅんじ/小学館)のようなキャッチーな作品も出てきてほしい。そうじゃないと、全体にニッチに寄寄り過ぎてしまう。
オグマ その意味でも、『天に向かってつば九郎』(まがりひろあき/講談社 ※全5巻)が昨年終わってしまったのが悔やまれます。あんなの、本家のつば九郎がど畜生をつづける限り、延々とできると思っていたほど毎回おもしろかったのに。
ツクイ 去年は、『つば九郎』以外でも存在感のある秀作がいくつも終わってしまった年だったなと。『江川と西本』(森高夕次・星野泰視/講談社 ※全12巻)しかり、『WILD PITCH!!!』(中原裕/小学館 ※全16巻)、『CLOSER~クローザー~』(田中晶・島崎康行/日本文芸社 ※全4巻)、 『湯神くんには友達がいない』(佐倉準/小学館 ※全16巻)。まあ『湯神くん』は最後ほとんど野球やってませんが。
オグマ ほかにも、新シリーズに移行という形ではありますが、一応、ひと区切りがついた『フォーシーム』(さだやす圭/小学館 ※全19巻)、「ザワさん2」こと『なんしょんなら!! お義兄さん』(三島衛里子/小学館 ※全3巻)。『アノナツ-1959-』(福井あしび/小学館 ※全3巻)。特に『アノナツ』は、わかりやすい「高校野球らしさ」が描きにくくなってきた時代において、タイムスリップして50年前の球児と現代っ子のギャップを描きながら、旧態依然とした野球部を表現する、といういいアイデアだと思ったんですが。
ツクイ 一方で、『忘却バッテリー』(みかわ絵子/集英社 ※既刊6巻)や『群青にサイレン』(桃栗みかん/集英社 ※既刊11巻)など、今年のランキングには入れなかったけども変わらずおもしろい作品もまだあります。今回紹介した『ドラフトキング』や『メイカン』を筆頭に、野球マンガファンだけでなく、普段あまりマンガを読まない一般の野球ファンにも読んでもらいたい作品がどんどんと出てきているので、ぜひ手に取ってもらいたいですね。
嘆いてばかりいても仕方がない
プロ野球の開幕時期も不透明。夏の甲子園開催だってどうなるかわからないという、野球界にとってはまさに試練の時。ただ、新型コロナによる「負の側面」を嘆いてばかりいても仕方がない。同じく開幕時期が不透明なアメリカ・MLBでは、ヤンキースのブーン監督が「たぶんクリエイティブになる機会なんだ」と、これまでにない発想による野球界の動きを提案している。そんなクリエイティブ発想を刺激するためにも、自由なアイデアに満ちた野球マンガを今こそ読み込んでおきたい。
▶︎【総力特集】アフターコロナ
『QJWeb』では、カルチャーのためにできることを考え、取材をし、必要な情報を伝えるため、「アフターコロナ:新型コロナウイルス感染拡大以降の世界を生きる」という特集を組み、関連記事を公開しています。
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