SNS時代に「何者かになりたい」気持ちを揺さぶるマンガ『左ききのエレン』

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2020.2.9

引用:アル

文=けんすう 協力=アル開発室
編集=鈴木 梢


「マンガは、出た瞬間に読むのが一番おもしろい。なぜなら、マンガは時代の空気や人々の暮らしから多大な影響を受けるものだから」。そう話すのは、マンガコミュニティ「アル」を運営する、“けんすう”こと古川健介氏。

隔週で「このマンガがいま生まれた意味」をテーマにマンガをご紹介する連載、今回はSNS時代の「何者かになりたい」人々の気持ちを揺さぶるお仕事マンガ『左ききのエレン』をご紹介する。

「天才」と「天才になれなかった凡人」

マンガ『左ききのエレン』は、広告代理店に勤める主人公、朝倉光一を中心とする群像劇です。天才に憧れる光一ですが、作品のキャッチコピーは「天才になれなかった全ての人へ」。

かっぴー『原作版 左ききのエレン』10巻
(発行:ピースオブケイク)
引用:アル

本作はおそらく、作者であるかっぴーさんの人生経験を強く反映して描かれているマンガです。かっぴーさんは、美大を出て6年ほど大手広告代理店のアートディレクターとして働いていました。そんな中、「自分は天才ではない」と気づき、挫折を経験。しかしその後、趣味で描いていた『SNSポリス』などのマンガが非常に話題になり、漫画家として2016年に独立したという異例の経歴を持っています。

大手広告代理店を舞台に、主人公の光一の成長や仲間と協力し合う姿、社外とのコンペ、社内政治、クリエイティブ業界あるある話など、惜しみなく描かれていて、その要素の多くが仕事マンガとしての圧倒的王道を感じさせます。 高校生編、広告代理店の新人編、代理店でそれなりの若手のエースになった時代……といったように複数の時代を行ったり来たりしながら進む話なのですが、 どの時代においても根本にあるテーマは「天才」と「天才になれない凡人」だと僕は思っています。

「天才」「秀才」「凡人」については、かっぴーさんと『天才を殺す凡人』(日本経済新聞社)の作者である北野唯我さんによる対談の中で詳しく解説されていますので、ぜひご覧ください。

天才に関する考察は上記の記事に任せるとして、本記事では、やはり「時代の空気のどの点とリンクしているか?」を考えたいと思います。

SNS時代に「何者かになりたい」期待とプレッシャー

今の時代の空気のひとつに、「何者かにならなければいけない」というプレッシャーがあります。インフルエンサーの時代といえばいいのでしょうか。SNSで有名になり、影響力を持ち、個人の才覚で稼いでいく、ということが評価されやすくなっています。

かっぴー『原作版 左ききのエレン』6巻
(発行:ピースオブケイク)
引用:アル

そしてその個人の影響力は、フォロワー数やチャンネル登録数という数字で可視化されます。「あなたの価値は3000フォロワーであり、あの人の価値は12万フォロワーだよ」と常に見せられるわけです。さらに、1件1件、投稿した内容も、「あなたは3いいねだけど、あの人は163いいねだ」というのもわかってしまいます。

もちろん単にフォロワーや投稿の反応の可視化にすぎないのですが、人々がSNSで過ごす時間が異常に長くなっている今、その数字はまるで、才能のあり・なしを見せつけられているように感じてしまう人もいるのではないでしょうか。

結果として多くの人が、「インフルエンサーになりたい」、もしくは「仕事で成果を出して、SNS上でも認識される一端の人物になりたい」と思うようになっているのかもしれません。それが「何者かになりたい」「何者かにならないと自分の価値がないように感じてしまう」という期待やプレッシャーにつながっている気がします。