あふれ出る蒼井優。抑制の高橋一生。対象的な佇まいのふたり
だからこそ、<旅>を受け入れたあとの、聡子はウキウキしている。ドキドキしている。大好きな優作のことを、もっともっと求めている。この、究極のときめき。蒼井優は純化された激情を、全身全霊で演じている。
一方、高橋一生は、正体を明かさないことが、自分を愛してくれる女性に対する最初で最後の礼儀だと言わんばかりに、優作を陰影のみで生き抜く。ジェントリーな物腰は、秘密によって支えられ、<旅>を魅惑の極北へ連れていく。
あふれ出る蒼井優。抑制の高橋一生。対照的な佇まいだからこそ、このハネムーンを私たちは、本気で見届けることになる。なぜなら、妻にとっても、夫にとっても、それは<初めての旅>だからだ。
蒼井優と高橋一生は今年1月に公開された『ロマンスドール』という映画で夫婦を演じていた。そこでは本作とは逆で、夫が妻の秘密にのたうちまわる、という展開だった。ふたりは新婚という設定であり、『スパイの妻』のあとで振り返ると、あれもまたハネムーン映画であった気がしてならない。
『スパイの妻』で、聡子に想いを寄せる津森を演じる東出昌大が、11月6日に公開される『おらおらでひとりいぐも』で、ヒロイン、蒼井優の夫に扮しているのは偶然か。3作にわたる、3人の演じ手によるトライアングルもまた、めくるめく誘いをもたらす。
一緒に旅をして、初めて相手のことがよくわかる。特に、男女間ではそうしたことが起きる。『スパイの妻』というまがまがしいタイトルのこの映画は、実はシンプルに、男女の普遍を提示しているだけかもしれない。
それを悲劇と捉えるか、喜劇と捉えるか、それとも、まったく別の次元で捉えるかは、あなたの自由だ。
しかし、いずれにせよ、これもまたハッピーエンドの変奏なのである。
2020年に忽然と現れたハネムーン映画の結末を、どうかありったけの瞳で凝視してほしい。
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映画『スパイの妻<劇場版>』
2020年10月16日(金)より全国公開
監督:黒沢清
脚本:濱口竜介、野原位、黒沢清
音楽:長岡亮介
出演:蒼井優、高橋一生、坂東龍汰、恒松祐里、みのすけ、玄理、東出昌大、笹野高史
配給:ビターズ・エンド
配給協力:『スパイの妻』プロモーションパートナーズ
(c)2020 NHK, NEP, Incline, C&I関連リンク
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