2026年8月発売の『Quick Japan』vol.185では、料理家・長谷川あかりを特集。SNSをのぞけば、今日も誰かが「あかりレシピ」を作っている。何度も作るお気に入りができたり、料理をすることへのハードルが少し下がったり。
レシピをきっかけに生まれた、それぞれの暮らしの話を聞いてみたい。そんな思いから、特集の連動企画として『長谷川あかりエッセイ大賞』を開催、彼女のレシピにまつわる作品を読者から募集した。ここでは、長谷川あかり自らが選考した大賞作を、本人の寸評とともに掲載する。
ほかの入選作はこちら!
優秀賞「同じ悩み、違う味」
優秀賞「家事の分担」
優秀賞「豆腐の『ケ』」
優秀賞「ちゃんと、生活をしていく」
目次
大賞「余熱」(作者:かたはら いたし)
ポテトチップスを一袋食べると、満足感より罪悪感が上回る歳になった。
昔は一袋くらい、なんてことなかった。
最後の一枚まで食べて、塩っけの残った指まで舐めて、それでようやく満足していた。
今は、ミニサイズでちょうどいい。
食べきれるし、食べ終わったあとに、次のご飯の調整が必要ない。そう思うと、ミニサイズはなかなかコスパがいい。
歳を重ねて、身体が素直になってきた。
少し寝不足をしただけで、翌日の身体は重い。ちょっとしたニュースを見ただけで涙が出る。昔なら気にも留めなかったことが、なぜか胸に残る。
身体も心も、今がいちばん素直なのかもしれない。
暮らしの中でも、「もう充分」と思うことが増えてきた。
仕事から帰って、今日は何もしたくない、という日がある。
それでも、何か料理をしないといけない。でも、健康的で、おいしいものは食べたい。
ずいぶんわがままだと思う。
そんな日に、長谷川あかりさんのレシピに助けられる。
手間をかけすぎないのに、ちゃんとおいしい。自分のために頑張りすぎないのに、ちゃんと自分を労われる。
足りないものを足すのではなく、今あるものを、ちゃんとおいしくしてくれる。
掃除もそうだ。
今日は掃除機をかける元気がない。
床には髪の毛が落ちているし、テーブルの上も少し散らかっている。でも、どうしても片付ける気力がない。
そんな日は、そっと眼鏡を外す。
すると、部屋が少しきれいになる。
疲れた目が、部屋の粗を全部ぼかしてくれる。
完璧にすることを諦めてみると、ありのままの部屋も、案外悪くない。
遊ぶことにも、あまりお金をかけなくなった。
チラシの裏に適当な絵を描く。
カーテン越しの光を、手でつかもうとすることもある。
もちろん、つかめない。
指の間から光がこぼれて逃げていく。それでも、何度かやる。
今は、そんな何でもないことも楽しい。
人と話すことも、昔より好きになった。
ひとりで考えていると、同じところをぐるぐる回ってしまう。
でも、誰かと話していると、相手の言葉がひとつ、自分の考えに加わる。
すると突然、自分ひとりではたどり着けなかったところに、ふっとたどり着くことがある。
答えをもらったわけではない。
自分の見方に、誰かの見方が重なっただけだ。
料理も、少し似ている。
同じ材料でも、作る人によって味が違う。
自分にはなかった味を知ると、それまで食べていたものまで、少し違って見える。
だから、ひとりで全部わかろうとしなくてもいいのだと思う。
わからないことは、誰かと話せばいい。
足りないものは、誰かと分け合えばいい。
昔は、歳を重ねるということは、できることが増えて、何でも上手にできるようになることだと思っていた。
けれど実際には、できなくなることもある。
一袋のポテトチップスを食べられなくなった。
寝不足にも弱くなった。
何品も料理をする元気がない日もある。
その代わりに、自分が何を心地よいと思うのかが、少しずつわかってきた。
「足るを知る」というのは、何かを我慢することではないのかもしれない。
自分に必要なものの量を知ること。
今あるものを、ちゃんとおいしいと思えること。
そして、今日の自分にできるところまでで、手を止めること。
暮らしに余白をつくる。
頑張りすぎない。足しすぎない。
でも、自分を放っておかない。
その真ん中に、ご自愛ご飯がある。
今日も料理をする。
鍋の中を眺めながら、もういいかな、と思ったところで火を止める。
あとは余熱に任せる。
火を止めたあとにも、ちゃんとおいしくなる時間がある。
長谷川あかり寸評
「よそはよそ、うちはうち」という言葉を思い出しました。子供のころ、何かを欲しがったときや友達の家と自分の家を比べたときに、親からよく言われた言葉です。当時は、こちらにはこちらなりの言い分があるのに、それを全部まとめて勝手に終わらせられてしまうような感じがして、まったく納得がいきませんでした。
大人になってからは、この言葉の意味を前よりも少し理解できるようになったと思います。人にはそれぞれ、できることも、持っているものも、気持ちよくいられる量も、がんばれる範囲も違う。その違いを無理に埋めようとせず、自分にとって必要なものを自分でわかっていると、生きるのがずいぶん楽になる。まさに「足るを知る」ということなのでしょう。
料理も同じです。時間も体力も気分も、毎日同じではありません。何品も作れる日もあれば、ひと皿で精いっぱいの日もある。料理も暮らしも、思いどおりにならないことの連続です。そういうままならなさを責めるのではなく、その日の自分に合うやり方を選べること。今日はこれでいい、これがいいと自分で決められること。なんでも思いどおりにできることよりも、自分にとって無理のない選択を自分でできることこそが本当の自由だと私は思います。
「頑張りすぎない。足しすぎない。でも、自分を放っておかない」
この言葉には、私が普段料理をしながら考えていることとすごく近いものを感じました。
「火を止めたあとにも、ちゃんとおいしくなる時間がある」
火を止めてから味がなじむこともあれば、余熱でちょうどよく火が入ることもある。手を動かしていない間に、おいしくなっていくこともあります。
暮らしもきっと同じです。全部を自分の手でどうにかしようとしなくたっていいんだし。最後の一文、すごく心に残りました。
『Quick Japan』vol.185 長谷川あかり特集号、好評発売中!

2026年8月25日(火)発売
サイズ:A5/並製/144ページ
定価:1,650円(税込)
コンテンツ
長谷川あかりロングインタビュー
SP対談:×脚本家・野木亜紀子、×俳優・黒木華
寄稿企画:谷口菜津子(マンガ)、絶対に終電を逃さない女(エッセイ)、男性ブランコ・平井まさあき(エッセイ)
「長谷川あかりレシピカードデッキ」付きセットをQJストア限定販売!

『Quick Japan』公式ECサイト「QJストア」では、本誌と特製「長谷川あかりレシピカードデッキ」(32枚入り)のセット版を販売。
カードには長谷川あかりのレシピ(全32品)を収録。「何が食べたいか」ではなく、「今日は休みたい」、「寄り道したい」、「少し挑戦したい」といったその日の気分を入口に、思いがけない「今日のひと皿」と出会えるレシピデッキとなっている。
カードをシャッフルして引き、そのときの自分にしっくりくる1枚を探していく。最初に引いたカードを必ず受け入れる必要はなく、気になるカードが見つかるまで何度引き直してもOK。
※「長谷川あかりレシピカードデッキ」のデザインは近日公開予定
〈遊び方〉
STEP1:カードをよくシャッフルする。
STEP2:適当にカードを引く。
STEP3:表面に書かれた「気分」と料理写真を眺める。
STEP4:もしピンとこなければ、もう1枚引いてみる。気になるカードが見つかるまで、何度引き直してもOK。
STEP5:「これかも」と思うカードが見つかったら裏返す。その日の気分に寄り添うレシピが現れる。
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