なぜ“変な工程”がある? 長谷川あかりレシピ「信じてるぞ」×考察ブームの背景と、料理が嫌になったあのころ

2026.8.25

文=西澤千央 撮影=大嶋千尋 編集=菅原史稀


SNSで3億インプレッション超の“バズレシピ”も生み出している、料理家・長谷川あかり。意外な調理法や材料の組み合わせで、一見少し不安にもなるものの、作ってみるとおいしく新しさも感じる一品ができあがる──。そんな不思議な特徴を持つレシピで、フォロワーから生まれた「あかり、信じてるぞ」というワードは、彼女を象徴するネットミームとなった。

料理好きはもちろん、自炊をほとんどしない層からも“信じられて”いる長谷川あかりのレシピの背景には、彼女自身の悩みや、「料理が嫌いになった」過去を経て得た“気づき”があった。

※この記事は『Quick Japan』vol.185(長谷川あかり特集号)に掲載のインタビューを一部抜粋し転載したものです

【レシピカードデッキ付き限定版】『Quick Japan』vol.185 【通常版】『Quick Japan』vol.185

始まりは「訳のわからない欲求」

長谷川あかり(はせがわ・あかり)1996年、埼玉県生まれ。子役タレントとして活躍し、大学では管理栄養士の資格を取得。2022年から料理家・管理栄養士に転身し、SNSやテレビ番組などで発信を続ける。著書に『クタクタな心と体をおいしく満たす いたわりごはん』( KADOKAWA)、『長谷川あかりDAILY RECIPE』シリーズ(扶桑社)など

長谷川 本当に子供のころ、土曜日で親がまだ寝ているうちに自分が目覚めてしまって、お腹が空いて、見よう見まねでトーストにチーズやハムを重ねていたあれが最初の料理だったのかなと思います。自分が食べたい味を自分で作る、というのがおもしろかったんですね。父親が日曜の朝にインスタントラーメンをいっぱい作って、わんこそばみたいに振る舞ってくれることもありました。父がかなり「味変男」でして、私もその気(け)があって、粉チーズ、お塩、タバスコ、納豆などを好みで加えて楽しんでいました。

長谷川 そうですね。そうだったんですけど……子役として忙しい小中学生時代を過ごしたあと、高校は芸能コースに進んで、オーディションをがんばって受けながら芸能活動を続けようとしていたタイミングで、全然受からなくて。精神的にかなりしんどくなり「自分が生きている意味ってなんだろう」「自分は誰に必要とされているのだろうか」という気持ちになってしまって。ごはんがあまり食べられなくなったんです。

そんなころにふと出会ったのが、レシピ本。「どんな味がするんだろう」と夢中になって見ているうちに、久しぶりにお腹が空いたなと感じました。それで本を買って帰っては、作って食べる、ということを繰り返していきました。

長谷川 芸能の世界で自分が表現したものを認めてもらいたかったけれど、それは自分の努力だけでは及ばない力学もあって、難しかったです。「私はなんの価値を生み出せているんだろう」と悩んでいたときに、料理ってそこにあること自体が価値になるなぁって。

自分が生み出すもので誰かが喜んだり、自分自身を喜ばせたりできることなんてそうそうないなかで、レシピは、自分の実力以上の経験をさせてくれる。本当は料理なんて全然できないのに、レシピどおりに作れば、そこそこのものができ上がるんです。しかもそれは1日3回、自分を含めた誰かしらに需要があって、喜んでもらえる。

生きるために必要な欲求に根差しているぶん、喜んでもらうためのハードルが、比較的低い。そこが私の需要と供給に、かなりマッチしたんだと思います。

長谷川 1日3回、誰かしらに需要があって、しかもプロでもなんでもない、料理が全然できない高校生の私でも、レシピを読んでそのとおりにやるだけで、幸せへのシード権をもらえるんだと知りました。何かを生み出したい、評価されたい、創作者になりたい。そういう根源的な欲求と、現実をつないでくれるのがレシピで、私はそれで「生きていてもいいかも」と思えた。だから、料理そのものが楽しいというより、「レシピ」が好きだったのかもしれません。

長谷川 それはもっとあとの話で、結婚して仕事を辞めて、短大の栄養学科に入るんです。栄養学科に入ったのも、料理家になりたいからではまったくなくて、まず「短大か大学に入る」ということを先に決めていたので、せっかくなら自分の興味がある分野のほうが勉強していて楽しいかなと思って。料理が好きだったから、栄養学を選びました。それで短大に入って、後に四大に編入するんですが、そのときに料理が嫌になってしまって。

長谷川 趣味的なときめきや作業療法的な時間としてのみ料理をしてきた自分が、「家事としての料理」もしなければいけなくなったんですよね。在学中はけっこう忙しくて、かつ自分はお金を生み出す存在ではなかったので、夫はひと言もそんなことを言わないんですが、多少の罪悪感があった。専業主婦としての振る舞いをしながら学生をやらねばという気持ちがありました。家事は自分がやらなければいけないと。けっこう普通に共働きみたいなノリの時間配分で家事をしていたんです。

そうしたら、料理が急につまらなくなって。私は「ホビー(=趣味)の料理」を楽しいと言っていただけで、家事の料理が一切好きじゃなかったことに気づいたんですね。料理が嫌だと言っている人たちの気持ちが、ホビーとしてやっているときは全然わからなかったんですが、「これ、ジャンルが違うんだ」と気づいた。映画と舞台の違いみたいなもので、やっていることはどちらも演技かもしれないけど、全然違う。料理がめちゃくちゃ嫌いになってしまった。

長谷川 ややこしかったのは……これはけっこう多くの方が抱えている感覚だと思うんですが、自分が楽しいと思った料理はホビーだけど、ホビーの料理を生活でやるわけにもいかない。両立し得ないふたつの間でどっちもやりたいと悩んでいました。ただ解決策がなかったので、そのふたつのジャンルをつなげてくれるレシピがあったらいいのに、とは思っていました。

最短距離で「ときめき」へ

家事として「そうあるべき料理」の価値観に縛られながらも、その呪縛から少しずつ解放され、自分なりの料理との向き合い方を探そうとする人は少なくない。長谷川は、そうした葛藤の背景には、従来の理想像と現実の暮らしとの間で揺れる「時代の変わり目」があると語る。だからこそ目指しているのは、手作りか出来合いかという二項対立ではなく、その間にある無数の選択肢を肯定すること。しかし、「ゼロでも100でもない」考え方は、どうしても単純なメッセージにはなりにくい。

長谷川 レシピがキャッチーであれば、ある程度曖昧なことを言っていても受け取ってもらえるかなと思ったんです。最近は発信がある程度通るようになったので、レシピもどんどん曖昧になっていっているんですが、レシピになんらかの「トガり」があれば、言っていることは多少曖昧でも届くかなと。それが今は少し人に集約されてきていて、レシピ単体ではなく「長谷川」というものに人が集まってきたので、レシピが曖昧でも作ってもらえるようになってきた。それが一番いいかたちだったなと思います。

長谷川 最初から難しいことを言ってもしょうがないので、まずレシピを作ってもらって、作ってくれた人がなんとなく人に言いたくなる、誰かにおすすめしたくなるようなレシピだと、自然と広がっていく。その広がった先に、考え方や込めた思いが浸透していけばうれしいなと思っています。意味を考えたくなる、いわゆる「考察ブーム」に乗っかったというふうにも言えますが。

長谷川  私も「あかり信じてるぞ」は本当に不思議で(笑)。私のレシピの作り方って順序が逆なんです。作ってできたものに名前をつけて分量を出しているんじゃなくて、最初に「これを作るぞ」と決めて、そのためにどうしようと考える。めんどくさいところを全部バッサリ落としていくので、作り方として変な工程が生まれやすいんです。普通やらないことが発生しやすい。それは驚かせるためでもなんでもなくて、ゴールに最短距離で合理的に行こうとするとそうなってしまう、という結果です。

それがまったく意図せずバズってしまった、うれしい誤算というか。最短距離で、私が作りたい「ときめき料理」に向かおうとすると、どこかをショートカットしたぶん、別のところが変になる。その変になったポイントが、「あかり信じてるぞ」と言い換えられたのかなと。

※インタビュー抜粋記事の後編【「料理したくない」ときこそ作る。長谷川あかりのバズレシピが“極限状態“から生まれる理由】は、こちら

【大募集】『長谷川あかりエッセイ大賞』開催! 本人が選出、入選作には寸評コメント&賞品も
“あなたとあかりレシピ”について自由に綴ったエッセイをご応募ください。
募集期間:2026年8月1日(土)〜8月31日(月)

『長谷川あかりエッセイ大賞』とは?

計1万2000字のソロインタビュー全編は本誌で!

『Quick Japan』vol.185 表紙/撮影=長島有里枝

2026年8月25日(火)発売
サイズ:A5/並製/144ページ
予価:1,650円(税込)
※内容は予告なく変更する場合があります

コンテンツ内容
長谷川あかりロングインタビュー
SP対談:×脚本家・野木亜紀子、×俳優・黒木華
寄稿企画:谷口菜津子(マンガ)、絶対に終電を逃さない女(エッセイ)、男性ブランコ・平井まさあき(エッセイ)

「長谷川あかりレシピカードデッキ」付きセットをQJストア限定販売!

『Quick Japan』公式ECサイト「QJストア」では、本誌と特製「長谷川あかりレシピカードデッキ」(32枚入り)のセット版を販売。

カードには長谷川あかりのレシピ(全32品)を収録。「何が食べたいか」ではなく、「今日は休みたい」、「寄り道したい」、「少し挑戦したい」といったその日の気分を入口に、思いがけない「今日のひと皿」と出会えるレシピデッキとなっている。

カードをシャッフルして引き、そのときの自分にしっくりくる1枚を探していく。最初に引いたカードを必ず受け入れる必要はなく、気になるカードが見つかるまで何度引き直してもOK。
※「長谷川あかりレシピカードデッキ」のデザインは近日公開予定

〈遊び方〉
STEP1:カードをよくシャッフルする。
STEP2:適当にカードを引く。
STEP3:表面に書かれた「気分」と料理写真を眺める。
STEP4:もしピンとこなければ、もう1枚引いてみる。気になるカードが見つかるまで、何度引き直してもOK。
STEP5:「これかも」と思うカードが見つかったら裏返す。その日の気分に寄り添うレシピが現れる。

【レシピカードデッキ付限定版】『Quick Japan』vol.185 【通常版】『Quick Japan』vol.185

発売記念サイン本お渡し会の実施決定!

9月5日(土)には、青山ブックセンターで長谷川あかりによるサイン本のお渡し会も実施決定。詳細は会場の公式ページをチェック。

■日時:2026年9月5日(土)
※6部制で行います(14:00/14:15/14:40/15:00/15:25/15:40)
■会場:青山ブックセンター本店 店内・大教室
■定員:350名様

参加お申し込み・詳細をチェックする

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西澤千央

(にしざわ・ちひろ)1976年生まれ。神奈川県出身。実家の飲み屋手伝い→ライター。『クイック・ジャパン』(太田出版)や『文春オンライン』、『GINZA』(マガジンハウス)などで執筆。ベイスターズとねこと酒が好き。