電線愛好家からラジオパーソナリティへ。石山蓮華が変化の果てにたどり着いた“居場所”【割れた窓のむこうに(折田侑駿)】

電線愛好家からラジオパーソナリティへ。石山蓮華が変化の果てにたどり着いた“居場所”【割れた窓のむこうに(折田侑駿)】

文=折田侑駿 編集=森田真規


2023年4月から『こねくと』(TBSラジオ)のメインパーソナリティを務める石山蓮華。曜日パートナーは、菅良太郎(パンサー)、でか美ちゃん、飯塚悟志(東京03)、土屋礼央(RAG FAIR)。経験豊富な4人を前に自由に振る舞う姿から、『こねくと』が石山の確固たる“居場所”になりつつあることが伝わってくる。

1990年生まれの文筆家・折田侑駿による本連載では、ひとつの作品を通して浮かび上がる“社会”を見つめていく。第8回は、かつて学校にもきちんと通えなかった石山が、いかに自らの居場所を見つけたのか。その歩みをたどりながら、“変化”について考えた。

石山蓮華

石山蓮華
(いしやま・れんげ)電線愛好家。文筆家。俳優。『こねくと』(TBSラジオ)メインパーソナリティ。1992年10月22日生まれ、埼玉県出身。著書に、電線エッセイ『電線の恋人』(平凡社)、エッセイ集『犬もどき読書日記』(晶文社)がある

“居場所”はどこに生まれるのか

公園のベンチで読書をしていると、どこからか1羽のスズメがやってきた。

ピクニックテーブルの上に開いた本の隣に座り込み、時折こちらに視線を送ってくる。何を考えているのかはわからない。私はまた、活字に視線を戻す。そんなふうにして、梅雨の合間の午後のひと時を、このスズメと過ごした。そこにはなんとも言えない、不思議な居心地のよさがあった。あれはひとつの「居場所」と呼べるものだったのかもしれない。

このとき私が読んでいたのは、石山蓮華による『電線の恋人』。都市に張り巡らされた電線というものが、彼女の目にはどのように映っているのか。ここに綴られている電線愛に触れると、少しだけ世界の見え方が変わる。翌日、私は初めて石山と会う予定だった。

石山蓮華『電線の恋人』
石山蓮華『電線の恋人』(平凡社/2022年)

思えばずっと、自分の居場所を探している気がする。その環境になじめなかった高校時代、映画や小説など、いつしか物語の世界に居場所を見出すようになった。それは大人になってからも変わらず、やがて個々の世界について、言葉を紡ぐようになった。

振り返ってみると、私が書いてきた対象は作品そのものではなく、作品との間に生まれる特別な居場所についてのものだったのだと、今ならいえる。

雨が降りしきる7月のある朝、石山から受け取った名刺には、“文筆家”や“俳優”という肩書と並んで、“電線愛好家”という見慣れない言葉が記されていた。職業柄、本当にいろんな人たちと交流してきたが、彼女のような人には出会ったことがない。

この連載では、特定の作品やカルチャーを「窓」として据え、そこから社会をのぞいては、思索の旅に出てきた。私にとって文章を書く行為は、居場所を見出す術であり、この「割れた窓のむこうに」は重要なプラットフォームだ。

そんな連載のゲストに石山を迎え、話を聞いてみたい。言葉を交わしてみたい。そう思っていた。もちろん、テーマは「居場所」について。

いくつもの肩書を持つ石山だが、今最も知られているのは『こねくと』のパーソナリティとしての顔だろう。電波に乗った彼女の声は、いつ聴いてもハツラツとしている。けれどもその言葉を拾っていると、いつかの彼女もまた、自身の居場所をうまく見出せず、探し続けてきた人なのだということがわかる。実際、現在でも石山の自己評価はけっして高くない。

刺激的な情報にあふれた現代では、個人が埋もれてしまうこともある。しかし同時に、ユニークな視点さえあれば、自ら居場所を作り出せる時代でもあるだろう。石山との対話から、居場所とはどのように生まれ、育っていくものなのかを考えてみたい。

赤江珠緒という偉大な先人

石山がラジオパーソナリティの肩書を手にしたのは、2023年4月のこと。いちリスナーだった『赤江珠緒たまむすび』に続くかたちで、TBSラジオの昼の帯枠に『こねくと』の放送が始まった。月曜から木曜までの週4日の生放送を、すでに3年以上も続けている。最初のころは「私なんて」という気持ちも強く、スタジオに行くだけで精いっぱいだったという。

「ラジオに出たことは、それまでにもありました。でも、私がメインで週4日なんて、考えたこともありません。そもそも学校にさえちゃんと通えなかった人間なんですよ。みんなが当たり前にできていることが私にはできず、学生時代も、アルバイト先でも、いろいろと苦労しました。

私にはひとつのルーティンをこなす生活ができない。ずっとそう思ってきました。だけど『こねくと』が始まってから、それができているんです。遅刻だってしていないし、数年前の自分に言ったら本気で驚くと思います。やっぱり、純粋に楽しいからなのかな。私、昔からラジオが大好きなんです」

石山にとってラジオは、こうして仕事にする前から安心できる場所だった。

「ラジオを聴いて、安心していたんです。明るくておしゃべりのうまい人のトークの中にも、自分と同じようなコンプレックスや、ままならなさを抱えていることがにじむような話があり、私はそういう部分が好きなんです。というより、そういった人たちが安心して話ができる環境があることに、私は安心するのかな。

そんな番組のひとつが、『たまむすび』でした。パーソナリティの赤江さんって、基本的に明るく元気な方なのですが、時にそうでもない日があるんです。でも毎日違って当然ですよね。だって生きてるんだから」

小学生のころから芸能の世界に身を置いてきた石山は、そんな赤江の姿に返って勇気づけられていた。

「それまでの私は自分の仕事を、“いつもと変わらない石山蓮華”を、誰かが書いた台本に沿って納品するものだと考えていました。相手の求める私のイメージに、自分をきっちりフィットさせにいくんです。

でも『たまむすび』を聴いていて出会った赤江さんは、それだけじゃなかった。自分の言葉があり、日によって変化しているのが感じられて、それがすごくいいなと思ったんです。プロフェッショナルであった上で、人間がやっている感じがするなって。

だから、パーソナリティを務めるお話をいただいたとき、うれしかったのと同時に、『たまむすび』が終わってしまうことにかなりのショックを受けました。でも、赤江さんが決められたことなら、リスナーの一人として、それを肯定したいとも思いました」

この神輿をどう乗りこなすか

ラジオに安心できる居場所を見出していた石山は、自身も幸運なことに、こうして『こねくと』というプラットフォームを築くこととなった。実際に彼女と言葉を交わしてみると、この石山蓮華という人だからこそ、たどり着くことができた場なのだとわかる。

しかし、その場を得られたからといって、仕事として成立させ、継続させられるかは別の話。スキルはもちろん、相当な胆力が求められるはずだ。

走り続けられている理由について聞いてみると、「ある種の神輿に乗せてもらっているんですよ」と興味深い言葉が返ってきた。

「私という人間を、みなさんが担いでくださっているんです。実は番組が始まってからしばらくしても、私なんかがここに居ていいのかなという思いがまだ消えませんでした。そのとき、あるスタッフの方から『私たちは神輿を担ぐ係だから、あなたの仕事はそれに全力で乗ることだ』と言われたんですね。

黒木華さん主演の『銀河の一票』というドラマ、折田さんはご覧になっていましたか? 神輿に担がれるってどういうことなんだろうとずっと考えていたんですが、これに登場する月岡あかりさんが、まさにその状況なのだと、ドラマを観ていて気がつきました」

野呂佳代が演じるスナックのママ・月岡あかりが、主人公に見出され、都知事を目指して奮闘していく。『銀河の一票』とは、そんなドラマだ。あかりは頼もしさの感じられる人物だが、かといって強い人間でもない。たしかに、周囲の人々に担がれている。

「あのドラマを観ていて、人はその担がれ方によって、いくらでも変わっていけるのだと気がつきました。そして私もまさに、あかりさんと同じ部分があるなって。自分自身は依然として弱いままだけれど、誰かの言葉や、番組を一緒に作る人々との関係性の中で、私の持つ弱さは変容していきました。

もともとの私は、空気が読めないと指摘されるほどコミュニケーションが苦手で、できれば家から出たくないタイプです。そんな自分がこうして外向的になれているのは、間違いなく『こねくと』リスナーと出演者、スタッフ、関わってくれるみなさんのおかげ。身を置く環境によって、人間はこうも変わるものですね」

神輿に乗せてもらっている──とてもユニークな表現で、それでいてしっくりくる表現でもある。この視点で考えると、居場所とは自分ひとりで発見するものではなく、誰かとの関係の中で立ち上がっていくものなのではないか。

何か為そうというとき、人はひとりで気張りがちなもの。だから居場所を獲得したら獲得したで、それを失う不安をひとりで抱え込んでしまう。何も持っていなかったあのころに、また戻ってしまうのではないかと。

「何かが始まるとき、それはきっといつか終わってしまう。そのことばかり、私は考えてしまいます。『こねくと』に関してもそうで、私の悪い癖です。でもあるとき、ひとりのスタッフの方に怒られたんですよ。『そんなことばっかり言うな』って。みなさんに担いでもらっているように、この仕事は私ひとりでやっているものじゃないんですよね。

私がいなくなるというのはつまり、番組チームが解散することでもあるんだぞって。言われてハッとしました。たしかに、いつかは終わってしまうし、それを思うと怖くなる。でも、そこに囚われすぎているのはもったいない。番組開始から3年が経って、ようやくそう考えられるようになってきました」

石山の気づきはごくシンプルなものだ。けれども、私を含めた多くの人が、つい見失ってしまいがちなものでもないか。今の彼女はこれを、自身の身体感覚のレベルで理解している。

「神輿って、揺れるじゃないですか。すげ替え可能な立場であることは忘れちゃいけないけれど、考え込んでもしょうがない。それよりもこの揺れをどう乗りこなし、どんなパフォーマンスにつなげるのか。重心の取り方がつかめて、体幹ができてきた今、私はそんなことも少しずつ考え始めています」

違いを抱えたまま、言葉を交わす

石山に会ってみたいと思ったのは、『こねくと』の火曜コーナーに「空閑時評」があるからでもある。このコーナーは、火曜パートナーのでか美ちゃん、大島育宙とともに、気になる話題について意見を交わすというもの。3人は私と同世代だ。

日常の機微に目を向ける回があれば、社会的なトピックに言及することもある。そう、この「割れた窓のむこうに」との重なりを、個人的に感じていたのだ。こうして文章を書き連ねていると、つくづく言葉を扱うことの難しさを痛感する。石山はどう向き合っているのか。

「その日のトークテーマについて私が読み上げて以降の展開は、何も決まっていません。自分の考えをまとめるために、でか美ちゃんと簡単な事前打ち合わせをしたりはしますが、いざ本番で相手の話を聞いていると、自分の口から出てくる言葉も自然と変化していきますね。共感することで、考えがより明確になることもあります。そして、何かしら政治的な意見を口にすると、たとえどんな言葉を選んでいても、大抵はバッシングがきますね」

それでも、言うべきことは言う。思考し、言葉にすることをやめない。それは私たちが思っている以上に、ストレスのかかる行為であるはずだ。私なんて、よく逃げ出したくなる。

「心ない言葉をぶつけられると、傷つくし、時にはひどく落ち込みます。でも、だからって口をつぐむのは嫌。意見を言ったからといって、何かすぐ変わるわけではないかもしれません。でも、この言葉にすることこそに意味があると、私はそう信じています。だから目の前の相手が、自分の考えを懸命に言葉にしようとしているなら、私はきちんと受け止めたい。そのためにも、もっともっと勉強が必要です」

石山たちの言葉から感じられるのは、絶対的な自信ではなく、さまざまな価値観との距離を慎重に探る姿勢だ。もしも「空閑時評」のゲストに、完全に相反する考えの人物が登場したらどうなるのか。

「議論をすることではなく、対話をするのが目的のコーナーです。だからたとえ考えが衝突するような相手だとしても、“話せはする”と思います。苦手なものが多い私は、苦手な人も多いです。威圧的な態度を取る人とか、やたらと大きな声で話す人とか、いくつかの大きな特徴があります。でも、これまでいろんな人々と言葉を交わしてきた今の私なら、いくら価値観や信条が異なっていたとしても、少なくとも“話せはする”と思うんです」

現在の彼女が育んでいる居場所とは、同じ価値観を持つ者だけが集まる場所ではないらしい。それは違いを抱えたまま、それでも言葉を交わせる場所のことなのかもしれない。

変わり続けながら“居場所”を探す

石山の発言を反芻していると、“変化”という言葉がひとつのキーワードとして浮かび上がってくる。周囲の人たちに担がれ、生放送に夢中になっているうちに、それまで想像もしていなかった自分に変化していった。そうして今も彼女は、他者の言葉を受けては自身を更新し続けている。

公園のベンチで『電線の恋人』を読んでいた私は、少しだけ世界の捉え方が変化した。ふと顔を上げると、それまでとはちょっとだけ、目の前の景色が違って見えた。人は誰だって、いつからだって、変わっていける。スズメと過ごしたあのなんでもない時間に「居場所」を見出すことができたのは、石山との対話を通して、私自身が変化したからなのかもしれない。

彼女の“電線愛好家”という肩書は、気がつけば電線に魅せられていた石山自身が作ったものだ。タレント業とは基本的に、誰かから求められることで成立する“受けの仕事”だともいえる。だからこそ石山は、自ら“電線愛好家”を名乗ることで、自分自身の居場所を作り出した。それは『こねくと』が始まるより、もっと前のこと。

「ここだ」と思って見つけた居場所が、いつまでも自分を受け入れてくれるとは限らない。だからこそ人は絶えず変化を重ねながら、新しい場所を探し続けるのだろう。きっと私にもまだまだ、いろんな可能性が残されている。

『こねくと』(TBSラジオ)

『こねくと』(TBSラジオ)

毎週月曜日~木曜日 14:00-16:50に放送中
番組ホームページ:https://www.tbsradio.jp/cnt/

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折田侑駿

(おりた・ゆうしゅん)文筆家。1990年生まれ。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、文学、服飾、酒場など。映画の劇場パンフレットなどに多数寄稿。映画トーク番組『活弁シネマ倶楽部』ではMCを務めている。

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