2026年8月発売の『Quick Japan』vol.185では、料理家・長谷川あかりを特集。SNSをのぞけば、今日も誰かが「あかりレシピ」を作っている。何度も作るお気に入りができたり、料理をすることへのハードルが少し下がったり。
レシピをきっかけに生まれた、それぞれの暮らしの話を聞いてみたい。そんな思いから、特集の連動企画として『長谷川あかりエッセイ大賞』を開催、彼女のレシピにまつわる作品を読者から募集した。ここでは、長谷川あかり自らが選考した優秀作を、本人の寸評とともに掲載する。
ほかの入選作はこちら!
大賞「余熱」
優秀賞「同じ悩み、違う味」
優秀賞「豆腐の『ケ』」
優秀賞「家事の分担」
目次
優秀賞「ちゃんと、生活をしていく」(作者:iko)
父親が亡くなった。あまりにも突然だった。ゴールデンウィークに実家に帰省したときは、あんなに元気だったのに。
翌週、母から「お父さんが入院しました。一応報告です」と連絡が来た。軽いトーンだったこともあり、「まあ父親もいい年だしな」とそこまで重く考えていなかった。
しかし、そこから一週間ほどで状況が一変する。仕事の帰り道、コンビニで買ったアイスを食べながら一駅歩いていたとき、母から電話がかかってきた。「もうお父さんが危ないから、病院来れる?」と。慌てて最寄り駅からタクシーに乗った。病室には叔父と姉もいた。ベッドの父親は「なんだ、来たのか」と言い、病院で出されたご飯も食べずにコーラを飲んでいた。記憶の中の姿よりもだいぶ憔悴していたけれど、コーラを飲む元気があるならまだ大丈夫だろう。そう思って、その日は帰宅した。
けれど、二日後の仕事中。母からの着信画面を見て、嫌な予感がした。「お父さんの呼吸が止まっちゃったので、病院に来れる?」久しぶりに聞く、母の泣き声だった。嫌な予感は、いつも当たる。
そこからの記憶はあまりない。病院に着いたとき、父親はまだ温かかった。まるで寝ているみたいだった。「亡くなる瞬間に立ち会えることなんて滅多にないんだな、ドラマの中だけなんだな」と、どこか冷静な自分がいた。父親が亡くなったからといって、世の中の何かが変わるわけではない。やらなければいけない手続きは山ほどあった。それなのに何もやる気が起きず、食欲も湧かない。寝つきが良いことだけが自慢だったのに、眠れない夜が続いた。
それでも仕事はいつまでも休んでいられないし、生活は続いていく。生活をするためには、食べなければいけない。けれど、料理をする気力なんて全く湧いてこない。
そんなとき、ふと思い出したのが例のフレーズだった。「あかり、信じてるぞ」。長谷川あかりさんのレシピは料理初心者の私でも作りやすいものが多く、社会人になって一人暮らしを始めたころから大助かりだった。今の私でも作れるものがあるかもしれない。そう思い、Xを開いて探した。
「昆布バターポトフ」。これなら冷蔵庫にある食材で作れそうだった。公式レシピの材料は白菜とウインナー、お好みでじゃがいも。奇跡的にじゃがいもとウインナー(香薫)はあった。けれど、メインの白菜がない。「同じ葉物だし、キャベツで代用できるだろう」。丁寧な暮らしとは程遠い我が家に昆布なんて洒落たものはなかったが、塩昆布ならあった。「まあ、これでいけるだろう」。さっぱり食べたかったので、バターは入れなかった。
もはや「これは本当にあかりのレシピなのか?」と自分でツッコミを入れたくなったが、あかりさんはよく「同じものがなければ〇〇でも大丈夫です」と言ってくれる。だから、これでいいのだ。フライパンに食材を全部ぶち込んで、放置する。あっという間に完成した。二人前で作ったはずなのに、あまりの美味しさに一気に全部食べてしまった。
美味しい。あったかい。精神的に参っていた身体に、食材の旨みがじんわりと染み渡っていく。そこでようやく、久しぶりに、ちゃんと息を吸えた気がした。いつまでもいると思っていた親がいなくなってしまった現実に、正直なところ、まだ実感が湧いていない。斎場へ行き、骨を拾ったというのに。いい大人なのに、どこか現実を受け止めきれずにいる。
でも、これからも私は朝起きて、身支度をして、仕事へ行く。家に帰ってご飯を作り、お風呂に入って、また朝を迎える。
あたたかいご飯を食べながら、ちゃんと、生活をしていくんだ。
長谷川あかり寸評
悲しみが消えたわけでも、現実を受け止められたわけでもない。それでも食べることで、少しだけ身体が生活の側に戻される。それが望みであってもなくても、また朝が来て、食べて、眠って、日々が続いていく。そのことの苦しさと、生きていくということの容赦のなさを感じました。
それでも、温かいご飯を食べながら日常を取り戻していくことがいつか自分を支える力にもなり得る。そのこともこの文章から教えてもらった気がします。書いてくださって、ありがとうございました。
『Quick Japan』vol.185 長谷川あかり特集号、好評発売中!

2026年8月25日(火)発売
サイズ:A5/並製/144ページ
定価:1,650円(税込)
コンテンツ内容
長谷川あかりロングインタビュー
SP対談:×脚本家・野木亜紀子、×俳優・黒木華
寄稿企画:谷口菜津子(マンガ)、絶対に終電を逃さない女(エッセイ)、男性ブランコ・平井まさあき(エッセイ)
「長谷川あかりレシピカードデッキ」付きセットをQJストア限定販売!

『Quick Japan』公式ECサイト「QJストア」では、本誌と特製「長谷川あかりレシピカードデッキ」(32枚入り)のセット版を販売。
カードには長谷川あかりのレシピ(全32品)を収録。「何が食べたいか」ではなく、「今日は休みたい」、「寄り道したい」、「少し挑戦したい」といったその日の気分を入口に、思いがけない「今日のひと皿」と出会えるレシピデッキとなっている。
カードをシャッフルして引き、そのときの自分にしっくりくる1枚を探していく。最初に引いたカードを必ず受け入れる必要はなく、気になるカードが見つかるまで何度引き直してもOK。
〈遊び方〉
STEP1:カードをよくシャッフルする。
STEP2:適当にカードを引く。
STEP3:表面に書かれた「気分」と料理写真を眺める。
STEP4:もしピンとこなければ、もう1枚引いてみる。気になるカードが見つかるまで、何度引き直してもOK。
STEP5:「これかも」と思うカードが見つかったら裏返す。その日の気分に寄り添うレシピが現れる。
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