2026年8月発売の『Quick Japan』vol.185では、料理家・長谷川あかりを特集。SNSをのぞけば、今日も誰かが「あかりレシピ」を作っている。何度も作るお気に入りができたり、料理をすることへのハードルが少し下がったり。
レシピをきっかけに生まれた、それぞれの暮らしの話を聞いてみたい。そんな思いから、特集の連動企画として『長谷川あかりエッセイ大賞』を開催、彼女のレシピにまつわる作品を読者から募集した。ここでは、長谷川あかり自らが選考した優秀作を、本人の寸評とともに掲載する。
ほかの入選作はこちら!
大賞「余熱」
優秀賞「家事の分担」
優秀賞「同じ悩み、違う味」
優秀賞「ちゃんと、生活をしていく」
目次
優秀賞「豆腐の『ケ』」(作者:小原藍)
出汁入り味噌を混ぜたご飯しか、食べたくない夜があった。鰹節も、揚げ玉も、ネギも、何も入れなかった。外で神経を使った日、私は決まって味のトーンが少ない食べ物ばかりを食べたくなる。甘辛い肉についた焦げ目の香ばしさ、ポタージュの滑らかさ、煮物のふくよかな味わい。手間の先にある味を知っているのに、そういう時ほど、作るという発想は浮かばない。
卵すら切れた冷蔵庫で、タンパク質は味噌だけだった。出汁入り味噌には丸みがない。味噌ご飯に、めんつゆをトトトとかける。味噌が四角だとして、めんつゆは丸だ。その二つが重なると、凄く美味しいわけではないが、味覚を満足させてくれる楕円らしきものが出来る。冷蔵庫にもたれて、レンジでチンしたタッパを抱えた私は、コートも脱がないまま、ぼうっと楕円を咀嚼する。
保育園の頃、誰に求められている訳でもないのに、その職業に従事しているかのように、泥団子を磨いていたナオタカくん。その日は、私も磨いてみた。既に丸いけど、表面が歪な泥団子をなでてみると、少しずつ愛着のようなものが出てくる。遊び時間が終わって、また作ろうと思って、やや歪な泥団子を遊び道具の棚の下に隠した。また外遊びの時間が来た。棚の下を覗くと、泥団子は半分に割れていた。ナオタカくんは、また丹念に泥団子を磨いた。何個も何個も、一つ壊れていようが関係なく、何個も何個も錬成する。自分が作りたいものが形にはなったとして、自分が満足がいくように仕上げていくこと、そういうことを突き詰める体力が私には無い。
大学院に入学した私は、ほぼ同時にフリーランスの仕事を始めた。それまで実家で勉強とバイトだけをしていた生活から打って変わって、突如発生する仕事の納期・研究・バイトというタスクをお手玉のように回すことになった。そうやって回し続けていたら、日々の食事にある「ハレ」と「ケ」のハードルより更に低い位置に、「ケのケ」と呼びたくなる食事が現れた。
バイト先の帰り道にある個人経営の激安スーパーで、フニャフニャのたこ焼きやコロッケを買う。家に着いて靴を脱ぐやいなや、廊下でパックを開き、温めもせず一心不乱に食べ始める。冷たい食べ物は味わいがはっきりしていて、なぜか心が落ち着いた。そうしていると何かを作る体力が戻ってきて、「ケ」の食事を作り始める事が出来た。
しかし、仕事が立て込み、「ケのケ」の比率が増えてくると、不思議と「ケ」の調子もズレてくる。間違っていると誰からともなく言われているような居心地の悪さがムクムクと湧いてくる。高校生の頃、ドット柄の真っ赤なシャツに色とりどりのジャムが踊る白いスカートを履いた私を見て、「いや、それにそれは無いわぁ!」と叫んだ母を思い出す。どんな組み合わせも妙ちきりんに思えてきて、アパレルで働く姉に服を見せると「そんなおもんない服同士合わせても、変になりようがないやろ」と言われる。どっちの島にもいけない。人と私の間には、いつも調子の狂いがある。周波数を合わせる人がいないと、匙加減を測る物差しを私は見つけられない。勘所が無い。
長谷川あかり先生の「豆腐のそうめん」と初めて出会った時、私はうまく作れなかった。「絹豆腐1/2丁(150g)、塩小さじ1/3、オリーブオイル小さじ1/2」を加える。それをボウルで一つに混ぜると、豆腐のソースができる。そのボウルに、素麺を入れて和える。オリーブオイルを回し掛けて、黒胡椒を削る。
一つの調味料だけで味を決めるのは恐ろしい。1種類の調味料を注いでいる時には、書類上で残していないといけない情報を黒塗りしてしまっているような恐怖感がある。塩分は不可逆なのだ。「適量」も怖い。正解が自分に委ねられているということが怖い。チューニングが狂っている。私は、自分の中で良いと思う音が分からなくなっていた。
友人とルームシェアを始めた。花金を祝うために、先生の酒蒸しハンバーグを作った。動画越しに、先生が「不安になるけど、大丈夫なんで!」という姿勢で、合い挽き肉に向かってドボドボと牛乳を注ぐ。眼前の肉のまとまりと、動画上のまとまりが一致していることに安心する。実験のように積み重なっていく調理工程は、匙加減が私の責任ではない。そして、私が作った長谷川あかり由来の美味しさが友人との食卓に来航する。私と友人の感性が異論の余地がない「美味しい」を介して最速で繫がる。これは「ハレ」だ。
一人ご飯は、自分の気持ちだけで心細い。周波数を合わせにいっても、誰かの感覚を内側から覗きこむことは出来ない。今日の「ハレ」は正解!と思った直後に正解!という相手の答え合わせが届く。じゃあ「ケ」でも、「ケのケ」でも、同じなのではないだろうか。私が私の周波数を合わせれば、世界の周波数はピッタリと揃わなくても、好みの問題なんじゃないか。じゃあ、醤油でもひと垂らしするといいさ。私も、ひとつまみ塩をかけてもよかったのだ。
夜、シンクの豆電球だけをつけた一人のキッチンで、豆腐を取り出す。ボウルの中で豆腐をつぶす。スプーンを手に、塩小さじ1/3ってやっぱり少なすぎるのではと一瞬、二の足をふむ。塩を入れる。まだ豆腐は白い。やっぱり薄いのか。ひとつまみ、塩を足す。もう少し足してみて。何かに近づいてくる。真っ白でもなく、ワントーンでもない。そのあわいを、私は往復する。あるタイミングで、豆腐がスンとおさまる。どこのおさまりなのかは分からない。しかし、腹が決まったように、豆腐の顔から曖昧さが消える。そうして、豆腐とそうめんは一つになったのだ。
時には、しょっつるを垂らす。甘酸っぱい大根の醤油漬けをのせもする。その拍子ごとに、ふっと目が覚める。よく噛んでみたり、すすってみたりもする。団子を磨き続けるナオタカくん。私は豆腐を食べ続ける。もっとツルツルになるのかもしれない。ある臨界点から、また歪になるのかもしれない。豆腐は応答する。何個も、何個も、何個も。もはや、私と豆腐のそうめんを阻むものは、何もない。
長谷川あかり寸評
「適量」が怖い、正解を自分に委ねられるのが怖い、という感覚がとても印象に残りました。誰かに正解をもらうのではなく、自分で食べ、確かめ、自分なりのさじ加減を取り戻していく。その過程そのものが料理をすることのおもしろさでもあるのだと思います。自分の感覚とつながる料理を繰り返し作り、食べ続けることが少しずつ自分自身のチューニングになっていくようで、心に残りました。
私にも、こういう料理があるなあと。
『Quick Japan』vol.185 長谷川あかり特集号、好評発売中!

2026年8月25日(火)発売
サイズ:A5/並製/144ページ
定価:1,650円(税込)
コンテンツ内容
長谷川あかりロングインタビュー
SP対談:×脚本家・野木亜紀子、×俳優・黒木華
寄稿企画:谷口菜津子(マンガ)、絶対に終電を逃さない女(エッセイ)、男性ブランコ・平井まさあき(エッセイ)
「長谷川あかりレシピカードデッキ」付きセットをQJストア限定販売!

『Quick Japan』公式ECサイト「QJストア」では、本誌と特製「長谷川あかりレシピカードデッキ」(32枚入り)のセット版を販売。
カードには長谷川あかりのレシピ(全32品)を収録。「何が食べたいか」ではなく、「今日は休みたい」、「寄り道したい」、「少し挑戦したい」といったその日の気分を入口に、思いがけない「今日のひと皿」と出会えるレシピデッキとなっている。
カードをシャッフルして引き、そのときの自分にしっくりくる1枚を探していく。最初に引いたカードを必ず受け入れる必要はなく、気になるカードが見つかるまで何度引き直してもOK。
〈遊び方〉
STEP1:カードをよくシャッフルする。
STEP2:適当にカードを引く。
STEP3:表面に書かれた「気分」と料理写真を眺める。
STEP4:もしピンとこなければ、もう1枚引いてみる。気になるカードが見つかるまで、何度引き直してもOK。
STEP5:「これかも」と思うカードが見つかったら裏返す。その日の気分に寄り添うレシピが現れる。
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