推移し、進化し、深化する【心許なさ】
さて。
これから綴ろうとしているのは、ここまで書いてきたこととは、まったく別のことだ。
井浦新が、「若松孝二」と呼ばれる人物に扮したときを、あえて唯一の例外とするならば。
ARATAのときから変わらぬことがある。
それは、私にとっては、たったひとつ。
彼が演じる人物には、たとえようもない【心許なさ】が揺らめいている、ということだ。
『ワンダフルライフ』『シェイディー・グローブ』『DISTANCE』『ピンポン』『青い車』『蛇にピアス』『ウルトラミラクルラブストーリー』『空気人形』『ハナミズキ』『かぞくのくに』『ジ、エクストリーム、スキヤキ』『悼む人』『二十六夜待ち』『光』『嵐電』──どのキャラクターも。どんなに冷静に見える者も、どんなに凶暴に感じる者も、どんなに穏やかに映る者も、すべて、どうにもならない【心許なさ】を抱えている。
それぞれの濃淡はある。人物自身が意識的なのか無意識なのか、という違いもある。だが、彼らは、なんらかの傷(それは具体的に顔面に刻みつけられているときもあれば、精神の奥深く潜伏しているときもある)を負っており、そのことによって、否応なく【欠落】を受け入れざるを得ない風情がある。
表面的にはけっしてそうはなっていない『君に届け』や『ニワトリ★スター』にも、微かな、本当に微かな【心許なさ】が滲んでおり、彼らは陽性のキャラクターだからこそ、切なさも愛おしさもひとしおだったことを告白しておこう。
こうした【心許なさ】には、理由がある場合と、理由なんてない場合がある。理由とは説明できるものであり、その人物固有のものである。井浦新の演技表現が優れているのは、理由に固執しない点にある。彼は、たとえ物語上は理由があるとしても、【心許なさ】の本質である【漠然とした不安】や【理解してほしくない孤独】という広域のエリアに、観る者を連れていく。
つまり、理由があるように見えて、実は理由なんてない【心許なさ】を、私たちに体感させるのだ。そうして、人物に宿る普遍性が獲得される。井浦新が演じるのが、どんなに特別な人物であっても、どんなに特殊な人物であっても、私たちにとって他人事にならないのは、このオリジナルな【心許なさ】が有るからだ。
井浦新が体現する人間たちは、あるとき爆発する。あるとき不発に終わる。あるときはストーカー。あるときは犯罪者。あるときは幽霊。あるときは彷徨う。あるときは隠れる。あるときは叫ぶ。あるときは笑う。あるときは無表情。すべて、かけがえない【心許なさ】と共にある。
近作『かそけきサンカヨウ』では、女子高生の父親に扮している。シングルファーザーであった彼が、子連れの女性と再婚しようとすることによって、娘は傷つく。井浦新、最新の【心許なさ】が、ここにある。優しくて、臆病で、繊細で、優柔不断で、案外無頓着なところもあって、けれども、前向きな【心許なさ】が、スクリーンには映し出される。この父親が映画音楽家であることは重要だ。映像に音楽を重ねていく作業を通して、父と娘がささやかにコミュニケートするシークエンスがある。井浦新には、ヘッドフォンがよく似合う。井浦新には、間接的な働きかけがよく似合う。この真実は、記憶しておくべきだ。
来年1月29日公開の『麻希のいる世界』でも、井浦新は父親を演じている。『かそけきサンカヨウ』とは正反対に感じられる人物の道行きには衝撃も待ち受けるが、やはり唯一無二の【心許なさ】と無縁ではない。
ここに昨年公開の『朝が来る』を加え、井浦新【父親】三部作と呼びたくもなるが、それはまた別の話だ。
いずれにせよ、推移し、進化し、深化する、この【心許なさ】は、井浦新だけが有しているものであり、映画の中の人間を真剣に見つめようとする観客にとっては【宝物】にほかならない。
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映画『かそけきサンカヨウ』
2021年10月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開
監督:今泉力哉
主題歌:崎山蒼志「幽けき」(Sony Music Labels)
原作:窪美澄『水やりはいつも深夜だけど』(角川文庫刊)所収「かそけきサンカヨウ」
脚本:澤井香織、今泉力哉
出演:志田彩良、井浦新、鈴鹿央士、中井友望、鎌田らい樹、遠藤雄斗、石川恋、鈴木咲、古屋隆太、芹澤興人、海沼未羽、鷺坂陽菜、和宥、辻凪子、佐藤凛月、菊池亜希子、梅沢昌代、西田尚美、石田ひかり
配給:イオンエンターテイメント
(c)2020映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会関連リンク
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