井浦新論──その心許なさは、私たちの宝物。井浦新、揺らめく灯の轍。

(c)2020映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会
文=相田冬二 編集=森田真規


ARATA名義で活動していた1999年、是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』で映画デビューを果たし、“インディーズの王”であった若松孝二という映画監督と出逢い、今や日本映画界に欠かせない存在となった俳優・井浦新。彼の最新出演作『かそけきサンカヨウ』が、2021年10月15日に封切られた。

ライターの相田冬二は、井浦新には「オリジナルな【心許なさ】が有る」という──。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の第14回、井浦新論をお届けする。

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ARATA/井浦新のキャリアに欠かせない存在

振り返れば、ARATA。
彼が、井浦新として活動するようになって、丸10年が経とうとしている。では、ARATAと井浦新の間に、本質的な違いはあるのだろうか。まずは、そのことについて考えてみたい。

あくまでも結果的に、ではあるが、若松孝二監督との出逢いが、ARATAが井浦新へと改名=回帰する契機をもたらした。そして、若松の唐突な死があり、それ以降、井浦の活動エリアは確実に拡張されているように思える。偶然なのかもしれない。因果を見出したいわけではない。ただ、ARATA/井浦新のキャリアを鑑みる上で、若松孝二の存在は欠かせない。

インディーズの王である若松孝二と、モデルでありデザイナーであり、ファッションのみならずアート全般に造詣の深いARATA/井浦新は、一見意外なマリアージュに思えるが、両者の資質はむしろ一致していたと言える。

ARATA名義で活動していた井浦新が主演し、若松孝二が手がけた映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(2007年)予告編

そもそも、インディーズとは何か。自立している、独立している表現のことをインディーズと呼ぶ。若松は、自立=独立としてのニッポン映画を創りつづけた。それは、反主流ではなかった。資本主義にもたれかからない意志と意思、態度と姿勢が一貫していたというだけのことだ。アンチなるものは結局のところ、大手に依存している。真のインディーズは、メジャーとかマイナーとか、アートとかエンタテインメントとか、そういうもっともらしい区分けに加担しない。

純粋娯楽映画の名手でもあった若松孝二は、映画界の内部に自閉するのではなく、社会や世界に向かって作品を投げ出していく作家だった。その実践力もあった。その意味での、活動家だった。だから、視野が開かれていた。

井浦新による若松孝二

私は、若松孝二に何度かインタビューしているので自信を持って断言するが、若松と井浦新の共通点は笑顔だ。コワモテに見えるかもしれぬ映画監督と、クールに映るかもしれぬ俳優は、イメージを裏切る優しい笑顔の持ち主であるという点で、確かにしっかり結びついている。

井浦新は、若松の死後、若松孝二その人を演じたことがある。その演技に驚嘆した。そして、心が躍った。

なぜなら、井浦は、若松の実像をトレースするのとはまったく違うやり方で、リスペクトを表明していたからである。

若松の告別式で弔辞を読んだ男は、若松を演じる上で、物真似らしいことをしていない。本人を深く知っているからなのだろう。表面的にイメージを寄せるのではなく、かといって、演じ手の領域に持ち込むのでもない。

つまり、その映画の中に存在していたのは、若松孝二でも、井浦新でもなかった。その作品にしか存在しない、「もうひとりの誰か」だった。大いなるフィクションが、そこにあった。

若松孝二本人を知っている人が納得したり、郷愁に浸ったりする隙を一切与えぬ、魅惑的な人物造形は、けれども、「若松孝二」から乖離しているわけではなかった。若松孝二を知らない人、場合によっては若松孝二の映画を観たことがない人に向かっても投げ出されている、しなやかで力強い表現だった。

あの、オリジナルな発語は、それまでのARATA/井浦新にはないものだった。が、モデルとなっている故人をなぞるものでもなかった。

井浦新による若松孝二、という次元を軽々超えた、スケールの大きな演技アプローチがあった。

その作品は、若松孝二の伝記映画ではないからこそ、この挑戦は、たとえようのない敬意に満ちあふれていた。

若松プロ出身の白石和彌が監督を務め、井浦新が若松孝二役を演じた『止められるか、俺たちを』予告編

現在の井浦新が、連続ドラマでも人気を博す一方、全国の映画館をくまなく回り、映画そのものを送り届ける実践を継続していることが、なんの矛盾もなく、むしろ、同一線上にあることと、この俳優が、あの映画作家をいかに演じたかは、深くつながっている。私は、確信している。

井浦新だけが有しているもの


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相田冬二

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