迫真の佇まいが生み落とす“普遍”
最新主演作『その日、カレーライスができるまで』は、一見、生活感も人情味も豊かな物語に映る。だが、果たしてそうだろうか。
難病で我が子を亡くし、それが原因で、妻とも別居。独り身のまま、不発の日常を送る主人公は、離れて暮らす妻の誕生日のために、カレーライスをつくる。妻が「3日目のカレーライス」が好きだからだ。

ラジオや電話の声は聴こえるものの、完全な一人芝居と言っていい構成。無人の屋外ショットは挿入されるが、この一人舞台は密室で繰り広げられる。
一人、カレーをつくり、ビールを飲み、ウイスキーをなめ、ラジオを聴き、兄からの電話に応え、雨の音に打たれ、落雷に驚き、光に照らされ、闇に怯え、今はもう此処にいない息子に語りかける。それらの行為すべてが人間的で、観る者は誰しもが、彼が身近に「居る」と体感するだろう。リリー・フランキーが卓越した演じ手であることに、改めて感じ入るよりほかはない。

独り言が、独り言に思えない。
迫真の佇まいは、そのような普遍を生み落とす。
独り言というものは、この世に存在しない。声になる声も、声にならない声も、すべては対話なのだという事実に震えるばかりだ。

だが、同時に、こうも思うのだ。
目の前で展開しているこの光景は、すべて、この男の妄想で、幻なのではないか。彼が口にする煙草の煙のように、やがては消えていく、一時の夢なのではないか。
断定を寄せつけず、多様に彷徨いつづけるリリー・フランキーという名の空洞化現象は、しかし、儚くはなく、私たちを、静かに鼓舞してくれる。
発酵しながら発光している、具象でもあり、抽象でもあるこの生命体が物語るものは、次のような感慨にほかならない。
私は、ほかの誰でもない、私自身なのだということ。
優れた俳優の表現に接するたび、私は元気づけられる。
佐藤健も。
成田凌も。
菅田将暉も。
豊川悦司も。
山﨑賢人も。
星野源も。
池松壮亮も。
神木隆之介も。
柳楽優弥も。
三浦春馬も。
岡田将生も。
リリー・フランキーも。
彼が彼であるということから、人間はみな固有の存在なのだと体感し、生まれたての安堵を発見するのである。

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映画『その日、カレーライスができるまで』
2021年9月3日(金)より、全国順次公開
監督・脚本・編集:清水康彦
企画・プロデュース:齊藤工
原案・脚本:金沢知樹 脚本:いちかわニャー
主題歌:安部勇磨「テレビジョン」(Thaian Records)
出演:リリー・フランキー
配給:イオンエンターテイメント
(c)2021『その日、カレーライスができるまで』製作委員会
※TOKYO TELEWORK FILM#3『HOME FIGHT』を併映関連リンク
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