優勝だけが“勝ち”ではなくなった
ここまで大会本編(決勝戦)について論じてきたが、最後にもっと遠景で捉えたときに見えてくるこの大会の姿に触れたい。それは、この大会の意義がもはや優勝だけに留まらないということだ。かねて「準優勝コンビのほうがテレビ的に売れる」といったジンクスは言われてきているが、それともまた違う。
というのも、YouTubeで予選のネタ動画が大量に配信されるようになったことで、たとえ決勝ステージに進まなくても『M-1』のブランドのもとプロの機材で撮影したネタ動画が世に出ることで、チャンスを手にするきっかけとして活かすことができるということ。音楽サブスクリプション同様、お笑いにもバイラルヒットの仕組みが生まれたとも言えるのかもしれない。
現に取材の場などで当の芸人の口から、予選のネタ動画を観たテレビマンに声をかけられたのがきっかけで頻繁にテレビへ呼ばれるようになった、といった話を聞かされることがしばしばある。
単純にどえらいコンテンツ力を持つYouTubeチャンネルがひとつ誕生したわけで、膨大な撮影・編集・ディレクションその他もろもろのコストを払い、注力してきた放送局の苦労の賜物と言えるだろう。
今大会でいえば象徴的だったのがラパルフェのスタンスだ。最終成績は準々決勝敗退で、ものまねスタイルでここまで勝ち上がったことは大健闘と言えるが、準々決勝のネタはその上に勝ち上がることに目的意識を感じない、いっそ清々しいまでのネタだった。
キャラものが決勝進出することが難しいであろうことを割り切り、自分たちの今の状況をメタで見て最大限おもしろくできるネタをやったという印象。でもそれでいいのだ。そこまで勝ち進む過程でじゅうぶんネタ見せができ、現実的な線で最大限に成功し、目的はじゅうぶんに果たしている。
ラパルフェはもともとYouTubeとの相性がよく、派手さはないが着実に露出を増やしている最中のもうひと跳ねだった。準々決勝までの動画を元手に、今後さらにテレビ露出が増えていくだろう(主力ものまねネタである阿部寛の主演ドラマが最終話を迎えてしばらく経つので、むしろ減っていく可能性もあるのだが)。
ほかにも、準々決勝にはラパルフェとまた違ったかたちで爪あとを残したグループが散見された。
ピン芸人3人によるユニット・怪奇!YesどんぐりRPGは、地下シーンで活躍するキレキレなギャガーのトリオで、かねてライブシーンで支持されてきた。単体のギャグに留まらずギャグを代わる代わる見せるシステム自体をいくつも開発してきたが、今回『M-1』出場に際して驚くほど漫才のフォーマットに最適化した新たなシステムを持ってきた。「本当に決勝戦に進んでしまうんじゃないか?」という期待と怖いもの見たさの入り混じった熱視線を浴びていたが惜しくも敗退。来年以降、決勝進出が大いにあり得ると言っていいだろう。
東京NSC22期同士の若手コンビ・軟水は、ボケの「つるまる」がTikTokとYouTubeで人気のグループ「板橋ハウス」メンバーの「すみ」として知られている。板橋ハウスは芸人3人のシェアハウスメンバーによるユニットで、自宅での仲のいい掛け合いでにわかに注目され始めている。板橋ハウスとしての露出ではネタの印象がないものの、準々決勝まで進出し一気に頭角を現した。5年目にしての快挙で、今後台風の目となる可能性を感じさせる。
まったくの無名と言っていい状態から話題をさらったニューカマーもいた。ダウ90000は劇団・コントユニットとして活動するグループで、『M-1』にはクインテット(5人組の漫才師)として参戦した。この前情報だけを聞いて思い浮かぶ懸念を一つひとつ着実に吹き飛ばす、完成された5人組漫才だった。
人数の多さがしっかりと機能していて、それぞれの役割分担が明確で、演劇的な巧さは存分に発揮しつつ、ちゃんと漫才だと思えるフォーマットに落とし込んでいて、おまけに予選の短い持ち時間に5人でのパフォーマンスを収める構成力。これでもかと非凡さを見せつけ、『M-1』フリークたちの間で衝撃が走った。描写の端々に薄っすらとミソジニーの匂いを感じるので、その点と向き合って不要なエグみが除けたとき、とんでもない影響力を持つ存在になるのかもしれない。
そのほかにも注目のグループは語り尽くせないほどで、それぞれの『M-1』における存在感の示し方もまたそれぞれ違っている。
『M-1』を観ているとき、自分が何におもしろさを感じているのかを突き詰めて考えると、「人がいっぱいいる!」ということに集約されるかもしれない。なんてバカな感想なんだ。
でも本心で、それぞれに異なったバックボーンを持つ人々が、それぞれに異なる発想でネタを作り、それぞれに異なるシーンで活動して研鑽を積み、それぞれに異なった思惑のもと、それぞれに異なったかたちで世間のアテンションを集める、そのなんと豊かなことか! そういう感動がある。改めて「いろんな人がいる」というただそれだけのことを思い知らせ、わくわくさせてくれる替えのきかない機会となった。
だからこそ、単に垂れ流されるコンテンツを浴びるのではなく、批評的な視点を持ち、よりよい大会であるようにそれぞれの意見を伝えていく、というのが、このコンテストに視聴者として貢献できる誠実なスタンスなのだと思う。
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