オリンピック開会式辞任、解任劇を考える。過去に復讐されるのは、著名人だけではない

2021.8.6
豊崎由美サムネ

文=豊崎由美 編集=アライユキコ


7月23日に開幕した2020年東京オリンピック競技大会は、開会式を担当するクリエイターの「過去」の問題で、直前の辞任、解任がつづく大波乱となった。逃れられない過去とどう向き合い、どう生きていくべきなのか。書評家・豊崎由美は現代イギリス文学を代表する作家、ジュリアン・バーンズの作品を手がかりに思索する。


過去に復讐される人の姿を見た

ある評判のいいクリエイターが、いろいろと深刻な問題を抱える国をあげたイベントの演出を急遽依頼され、引き受けた。クリエイターはかつてお笑いコンビを組んでおり、テレビにばんばん出演するタイプではなかったが、独特の笑いのセンスがサブカルチャーを愛する人たちの強い支持を受けていた。ところが、まださほど有名ではなかった時代に発表したコントの中で放ったたったひと言が掘り起こされ、クリエイターは問答無用でイベントの演出を解任されてしまったのだ。

わたしたちは東京オリンピックの開催に際して、過去に復讐される人の姿を見た。ミュージシャンの小山田圭吾と、元ラーメンズの小林賢太郎。
10代の頃に加担した「いじめ」というには凄絶すぎる所業を、1990年代半ば、雑誌のインタビューに答えて、自虐的な文脈ではあるもののあっけらかんと明かしていたことが問題視され大炎上。開会式の作曲担当を辞任した小山田氏。
1998年に発売されたDVDに収録されているNHK教育の番組『できるかな』を茶化す内容のコントで、ノッポさんに扮した小林が、本物のノッポさんなら絶対に提案しないようなお題をゴン太くんに扮した相方の片桐仁に繰り出しては却下されるという流れの中で放った「ユダヤ人大量惨殺ごっこやろう」というひと言がネットで拡散され、中山泰秀防衛副大臣がユダヤ系団体に通報。国際問題にまで発展して解任された小林氏。

2人に語らせるべきだった

わたしはこの2人を断罪しない。断罪できる立場ではないし、断罪するには判断材料が少な過ぎる。それよりも、なんらまともな事情説明を行わないまま、辞任、解任というかたちで簡単にとかげの尻尾切りを行った大会組織委員会に対する不信の念のほうが強い。
過去に関して、すねに傷を持たない人なんていない。であるからには、小山田氏にしても小林氏にしても自身の過去の活動を思い起こして、オリンピック参与に打診された時に報告すべきだったし、それでもこの2人を起用したいと組織委員が考えるなら「小山田氏は、小林氏は、過去にこれこれこうした過ちを犯していますが、今はこれこれこうした活動をしており云々」という前提を発表した上で、2人に記者会見をさせて過去と今現在について語らせるべきだった。

辞任、解任せざるを得なかったのはわかるが、事前の人物調査を怠り、わたしが上に挙げたような事前の手続きが必要かどうかを予測してみようとすらしなかった組織委員の危機管理能力の低さと大会運営における責任は大きいし、辞任、解任に際しても、本人たちにきちんとした形で説明と釈明の機会を与えるべきだったのではないか。
小山田氏については詳しくないので口をつぐむ。小林氏に関しては、ファンならみんな知っていることだけれど、氏は若かりし頃の功を急くあまりの非常識な笑いの取り方を悔いて、その後、人を傷つけない笑いを目指してきたのだし、復興支援をはじめ寄付活動も頻繁に行っている。21世紀以降の小林賢太郎はホロコーストをいじって笑いを取ろうとしていた過去の小林賢太郎とは違うのだ。意識的に変わったのだ。成長を遂げたのだ。

しかし、大会組織委員会からきちんとした説明と釈明の場も与えられないまま、彼は、小林賢太郎というクリエイターのことを知らない人たちから「ホロコーストを茶化した人」として認知されてしまった。おそらく多くの人はそういう人物として小林氏を記憶してしまうのだろう。わたしはそれがとても残念だし、非常に無惨なことと思って胸を痛めている。

忘却の彼方から過去は牙をむいて


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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