「私が夫を育てた」「男性育休はキャリアを棒に振る」令和版“アウトな女性上司”の出現【#05後編/ぼくたち、親になる】

文=稲田豊史 イラスト=ヤギワタル 編集=高橋千里


子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を、匿名で赤裸々に独白してもらうルポルタージュ連載「ぼくたち、親になる」。聞き手は、離婚男性の匿名インタビュー集『ぼくたちの離婚』(角川新書)の著者であり、自身にも一昨年子供が誕生したという稲田豊史氏。

第5回は、第一子が産まれて育休を取得した33歳男性。上司に育休取得を相談したところ、その反応から「制度のアップデートに、それを運用する人のアップデートが追いついていない」と感じたという。

※以下、宮内さんの語り

「仕事も育児も家事も完璧にやっている」女性上司

Bさんは僕より10歳くらい年上で、娘さんがいます。ものすごいバリキャリ志向で、産後の育休を3カ月でスパッと切り上げて仕事に復帰しました。

傍から見ると「ここで抜けたら私のポストがなくなる」という焦りもすごかったです。そんな彼女からすると、僕が「夫婦そろって8カ月も休業する」なんて大甘にもほどがある、私はあなたのためを思って心配しているのよ、というわけです。余計なお世話ですが。

Bさんには、「私は仕事も育児も家事も完璧にやっている」という自負があるんです。彼女いわく「夫には私が家事と育児を教えている」「私が夫を育てている」

※画像はイメージです

ただ、Bさんの旦那さんも同じ会社の人で、僕も一緒に仕事をしたことがあって、プライベートでも付き合いがあるので知っているのですが、彼はものすごく家事・育児のスキルが高い人で、彼女が気づいていない細かい家事も全部拾ってやっています。

ゴミ捨てやちょっとした片づけや消耗品の補充といった、いわゆる「名もなき家事」のタスクリストを作成したのも彼。家の中がめちゃくちゃ「見えて」いる人です。

Bさんが唯一主導的に担当している、かつ誇っている家事は「娘の弁当作りを含めた食事の準備」ですが、皿を洗って片づけて、その合間に洗濯機を回して干して、取り込んで、たたんで……をやっているのは旦那さん。なのに、「自分が全部やっているし、夫に指導している」ことになっている。

※画像はイメージです

こないだの会議では、開会のあいさつでBさんがドヤ顔で言いました。「今日は娘の幼稚園の行事ですが、私は仕事を選びました! みなさんも、いろいろなものの中から選択してこの会議に来たと思います。いい時間にしてください」

会議室が変な空気になりましたよ。何言ってるんだ、この人?って。

しかもその日は、Bさんの旦那さんが会社を休んで娘さんのお遊戯会に行ってたんです。彼もまあまあのポストの、超忙しい管理職ですよ。なんのことはない、負担が旦那さんに寄ってるだけの話です。

Bさんが家のことを何もやってないとはもちろん思いません。僕が言いたいのは、あなたが会議に出られるのは旦那さんが会社を休んでるからだし、あなたが産後3カ月で職場復帰できたのも、旦那さんが献身的に家事を回してたからであって、大変なのはあなただけじゃないよ、ということです。

「やった気になってる自称イクメン」の女性版

Bさんみたいな人って、男性だったら数年前からちょくちょくいましたよね。

「仕事にも家庭にも完璧にコミットしてるイクメンです!」って顔してるけど、実は奥さんの献身的な努力によってそれが成り立ってることに気づいていない。そういう家の奥さんって、たいていは超優秀です。……ってことに、自称イクメン氏の女友達なんかは、だいたい気づいてますけど。

つまりBさんは、「やった気になってる自称イクメンの女性版」です。Aさんとは違った意味での「アウトなおっさん」の令和版。

※画像はイメージです

「やった気になってる」のが男性なら、女性部下がイジり気味に突っ込めるんですよ。「◯◯課長、実は奥さんが陰ながら面倒なこと全部やってるんじゃないですか? 目に見えてる家事が全部じゃないですよー」とかなんとか。

でもBさんみたいな「やった気になってる」女性は、誰もイジれません。逆上されたらシャレになりませんから。特に、年下の男性である僕なんかは一番無理でしょう。

Aさんみたいな、男性育休に無理解な男性は昔からいました。ただただ、旧式のおっさんです。みんながよく知ってる、「アウト」な人。「やった気になってる自称イクメン」も数年前からよく見かけます。

でも、Bさんみたいな「やった気になってる自称イクメン」の女性版は、けっこう新しいパターンだと思います。少なくとも、僕が社会人になった10年前にはいませんでした。

最先端の「ねじれ」と「ズレ」

Facebook社の女性役員、シェリル・サンドバーグが『LEAN IN』を出版したのは9年前、2014年でした。仕事も家事も育児も完璧にこなすこのスーパーウーマンに影響された方は多いでしょうし、日本でも有能な女性役職者が増えていったと思います。

それと並行して、Bさんのような新式の「アウト」な女性もまた、出現しました。社会の構造が大きく変わると、以前とは別の「アウト」な存在が台頭し始めるんです。

今の会社は育休制度的にも、女性が責任あるポストに就ける職場という意味でも、わりかし“進歩的”だと思います。そういう、社会における最先端の場であるからこそ、そこに生じた最先端の「ねじれ」というか「ズレ」みたいなものに僕は直面しました。Bさんのような人の出現です。

この種の、社会の進歩の足を引っ張るモンスターは、ある時代はAさんみたいな男性のことを指していましたが、徐々にBさんみたいな女性も担い始めていると感じます。なんのことはない、かつて男性たちが犯していたミスを、今度は女性が犯し始めているだけです。

世の中の風向きは女性活躍社会の推進なので、女性管理職を4割、5割にしようという気運もありますし、これから10年、15年で「アウトな女性上司」は急激に増えていくと思いますよ。

たとえば、彼女はこんなことを言うんです。「飲み会に行くと旦那にグチグチ言われるんだ。だから旦那に対する“信頼残高”を貯めなきゃ」

これ、男性が奥さんのいないところで部下に言ってたら、超サムくないですか?

Bさんみたいな女性上司が増えてAさんくらい当たり前の存在になり、かつ部下の男性が笑ってイジれるようになってようやく、この社会は次の段階に進むんだと思います。

社会変革、未だ成らず?

※以下、稲田氏の取材後所感

【連載「ぼくたち、親になる」】
子を持つ男親に、親になったことによる生活・自意識・人生観の変化を匿名で赤裸々に語ってもらう、独白形式のルポルタージュ。どんな語りも遮らず、価値判断を排し、傾聴に徹し、男親たちの言葉にとことん向き合うことでそのメンタリティを掘り下げ、分断の本質を探る。ここで明かされる「ものすごい本音」の数々は、けっして特別で極端な声ではない(かもしれない)。
本連載を通して描きたいこと:この匿名取材の果てには、何が待っているのか?

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稲田豊史

(いなだ・とよし)1974年愛知県生まれ。ライター・コラムニスト・編集者。映画配給会社、出版社を経て、2013年に独立。著書に『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)、『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の..

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