『Nizi Project』による偉大な発明。今のアイドルファンが求めるヒロイン像とは

竹中夏海のアイドル現代学

文=竹中夏海 編集=高橋千里


最新のニュースから現代のアイドル事情を考える。振付師・竹中夏海氏がアイドル時事を分析する本連載。今回は、先日発表された『Nizi Project Season 2』を切り口に、アイドル史における“ヒロイン”像の変遷を辿る。

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『Nizi Project Season 2』始動

先日、『Nizi Project Season 2』の始動が発表された。9人組グローバルガールズグループ「NiziU」を生んだオーディションプロジェクトの第2弾である。

次は世界基準のボーイズグループを発掘・育成するとのことで、現在のNiziUの活躍ぶりを観ていると期待は自然と高まる。

個人的にNizi Project(以下:虹プロ)は、9人の逸材を発見しただけでなく、アイドルオーディションとして非常に優れたシステムを発明したことで、絶大な信頼を置いているのだ。

『Nizi Project』が生んだ画期的なシステムとは

虹プロの何がそんなに偉大かというと、それは「スター性」を評価の4分の1に留めたところにある。このシステムによりどれだけの候補生が救われたことだろう。

[Nizi Project] Part 1 #10-1(Nizi Project 韓国合宿への参加者を決めるSHOWCASEの回)

オーディション番組でこんな光景を観たことはないだろうか。

並み居る実力者、経験値の高い候補者たちがそろう中で、彗星のごとく現れたひとりのヒロイン。歌もダンスも特別長けているわけではないのに、なぜか人々の心を掴んで離さない魅力。

言葉にはしがたいけれど圧倒的なオーラを放つ彼女を前に、審査員も視聴者もいわば“ハイ”になってしまう。

誰だって主人公は好きだし、シンデレラストーリーが観たい。その存在が生まれる瞬間に立ち会うためにオーディション番組を追う人も多いはずだ。

確かにアイドルに限らず、芸能界とはそうした説明のつかない魅力が必要な世界だと思う。必ずしも実力至上主義というわけではない。スポーツ競技など勝負の世界と比べたらなんてアンフェアだろう。

それを承知でみんなオーディションに参加しているのだから仕方がない、とされてきた。だけどこれって、本当に仕方がないことなのだろうか。


“ヒロイン”誕生物語の裏で思うこと

私もこれまで、僭越ながら何度もアイドルオーディションの審査員をさせてもらってきた。

あらかじめ役や求めているイメージ像が決まっている映画やドラマ、広告のオーディションと違い、アイドルのオーディションでは“その子自身”を評価させてもらうことが多い。

歌やダンスができるに越したことはないが、ある程度育成の余地があるそれらに比べ、「魅力」は先天的な部分が大きい。そうしたものを強く放つ子が現れると風向きが一気にそちらへ向く、という場面を何度も目にしてきた。

そんなとき、私が気にかかるのは、これまで歌やダンスの精度をコツコツ上げてきたほかの候補者たちのことだ。

確かにカリスマ性やオーラは必要だと思う。けれど、そんな形のないものを前にして、彼女たちの努力は対抗することもできないのだろうか。

ひと握りの“ヒロイン”以外の候補者の気持ちを想像しては、勝手に一緒に傷ついてしまうことが多かった。アイドルのオーディションには、そういう理不尽さがついて回るものなのだと諦めている部分もあった。

「スター性」を4分の1に落とし込んだ評価制度

しかし、この不条理を一蹴したのが「キューブ」だ。

虹プロのシーズン1では、東京合宿で4つのキューブ(=評価)を獲得した者だけが次のステージに進める。そのキューブとは「ダンス」「ボーカル」「スター性」「人間性」の4つ。

今まであらゆるオーディションで一発大逆転の展開を生んできた“言葉にしがたい魅力”、“圧倒的なオーラ”、“彗星のごとく現れた主人公”を、「スター性」という評価軸のひとつに落とし込んだのである。

[Nizi Project] Part 1 #7-1(NiziU候補生・アヤカのスター性が光った回)

つまり、どんなに人を惹きつけるものを持っていたとしても、歌やダンスができなければ次の韓国合宿には進めないということだ。

裏を返せば、合宿中にボーカルやダンスの伸び代を感じれば、その努力がそのままスター性や人間性として評価される可能性もあるということ。

新システムがNiziU候補生に与えた影響

このシステムにより、私が印象的だった候補生が、アヤカマユカだった。

アヤカは地域予選のときから、ほかの候補者が振り返るほどの美少女。東京合宿に密着したスタッフが、のちに「遠くから光り輝く子がやってきた」と語っているほどである。

歌もダンスもけっしてうまいとは言えないレベルだったが、スター性テストの「少し変わったテニス講座」というトリッキーな内容でJYPの度肝を抜き、観る人の多くに「こりゃただもんじゃないぞ……」という印象を残した。

ボーカルテストでもダンステストでも結果を残せなかったぶん、この逆転劇は鮮烈だったのだ。

従来のオーディションでは、ここでいきなりアヤカが上位に食い込んでもおかしくはない展開。ところが虹プロでは、スター性はあくまで4分の1の評価なので、アヤカはギリギリのランクで韓国合宿へ滑り込んだのだった。

本人も過大評価されることなく次のステージへ進んだためか、努力を惜しまずにこのあと飛躍的にパフォーマンスレベルを上げていく。

[Nizi Project] Part 2 #10-1(アヤカのパフォーマンスが飛躍した回)

一方、マユカは東京合宿の終盤ギリギリまで特に大きな見せ場もなく、キューブもひとつも獲得できずにいた。

ところが最後のチャンスといえるショーケースでのパフォーマンスで、一気にボーカル・ダンス・スター性と、3つのキューブを獲得したのだ。諦めずに努力してきた姿勢が評価されたのだという。

これまでならシンデレラストーリーの主人公はたいてい、天才肌だった。しかし虹プロでは、腐らずに地道な努力を積み重ねてきた女の子にスポットが当たったのだ。

[Nizi Project] Part 2 #4-1(努力家のマユカにスポットが当たった回)

K-POPアイドルを目指す若者が増えている理由

この「地道な努力がきちんと評価される」というムードは、虹プロに限らずK-POPアイドル界全体から感じる。そしてそれこそが近年、K-POPアイドルを志す日本の若者が増えている理由のひとつではないかと思う。

同じアイドルでも「成長過程を一緒に楽しむ日本式」「鍛錬を積んでからデビューする完成度重視の韓国式」という対比は、いろんなところで語られている。

日本はよく言えば、アイドルにも多様性が認められているからこそ、最初から洗練されたパフォーマンスが求められているわけではないのだろう。

それは応援するファンの「見出し力」が高い結果でもあり、古くは苔(こけ)にも侘び寂びを感じる日本人特有の国民性が表れているようでおもしろいなと個人的には思う。

ただ、アイドルを目指す側からすれば、何を基準に自分が評価されているのかはっきりせず、不安に思う人もいるのではないだろうか。

主体的にパフォーマンスを磨く努力をして、そこを評価してもらうほうがずっとわかりやすくはある。

若い世代のアイドルファンが今、求めているもの

『ガールクラッシュ』という少女漫画がある。日本の少女がK-POPアイドルを志すストーリーだ。

『ガールクラッシュ』1巻(コミックニコラ)

この作品、端的に言うと令和版『ガラスの仮面』だと私は思っている。

どこが令和的かと言うと、主人公が姫川亜弓(実質)で、ライバルが北島マヤ(実質)という逆転現象が起きているところにある。

今までならヒロインは天才、2番手は秀才というのが相場だった。ところが『ガールクラッシュ』では、容姿端麗で歌もダンスも努力を惜しまないのに、なかなか器用貧乏の域から抜け出せない百瀬天花を中心にストーリーが進む。

そして一見地味だが、パフォーマンスを始めるとなんとも言えない魅力を放つ佐藤恵梨杏という少女が、天花のコンプレックスを刺激する立ち位置なのだ。

ひと昔前なら、絶対に主役は恵梨杏だったはず。ところが読者の反応を見ても努力家の天花のほうが、圧倒的に人気が高い。

思えば『ガラスの仮面』のころから「実はマヤよりも努力家の亜弓さんが好き」という声は多かったし、『セーラームーン』でも生まれながらのプリンセスの月野うさぎより、うさぎを必死に守るほかの戦士推し、という子は多かった。

若い世代のアイドルファンは今、「たったひとりの天才」よりも「地道な努力を惜しまない子」を求めるフェーズに入っているのではないだろうか。

そして、そうした人材を取りこぼさないシステムを開発した虹プロが、次にどんな新しい才能を発掘するのか、期待せずにはいられない。


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竹中夏海

日本女子体育大学ダンス学科卒業後、2009年に振付師としてデビュー。その後、さまざまなアーティスト、広告、番組にて振付を担当。コメンテーターとして番組出演、書籍も出版。著書『アイドル保健体育』 (CDジャーナルムック)は「令和の保健体育の教科書」としても注目されている。

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