岸田國士戯曲賞「受賞作なし」から考える、演劇の変化と戯曲の可能性

2021.4.9

2020年コロナ禍。これまでとは違う岸田戯曲賞

戯曲賞にまつわる声には、このようなものもありました。

「演劇の賞って岸田戯曲賞以外にもあるの?」

確かに好きな俳優さんが受賞するとか、自分が関わった舞台が受賞対象になるとか、演劇の仕事をするとかいうきっかけがないと意識しないですよね……! かくいうわたしも東京で演劇をやるようになってから数年間はちっとも知りませんでした。

実際には、演劇の賞にはさまざまなものがあります。戯曲賞だけに絞っても日本にいくつかあり、上演された日本の全作品を対象にした「鶴屋南北戯曲賞」、公募制のためキャリアに関係なく対象となる「OMS戯曲賞」「日本劇作家協会新人戯曲賞」「AAF戯曲賞」「せんだい短編戯曲賞」「北海道戯曲賞」「かながわ短編演劇アワード」など……当たり前ですが、どれも個性と傾向が違います。

岸田戯曲賞はというと、いつ誰が言い出したのか“演劇界の芥川賞”とも言われています。新人劇作家の登竜門とされることからそういう異名があるみたいですが、活動歴20年以上の人気作家の方が受賞することもあるので、小説の芥川賞とは実際には異なると思います。また、最終選考委員は過去の受賞者であること、受賞作は基本的には白水社から出版されていることも大きな特徴です。

候補作は、主催である白水社編集部がその年に発表された戯曲から、最終候補作を選びます。それを、過去の同賞受賞者でもある最終選考委員の方々(2020年は7名:岩松了さん、岡田利規さん、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん、野田秀樹さん、平田オリザさん、矢内原美邦さん、柳美里さん)が選考します。ここ近年の皆さんの新作を観劇していますが、いずれも興奮するような言葉と物語を生み出されつづけている方々ばかりです。

最終候補のうち出版されていない戯曲は、ここ数年は期間限定でWEB上で公開され、誰でも読めるようになっています。

そして2020年の開催にあたっては、特徴的なことがいくつかありました。

まず、コロナ禍でオンラインでの配信が増えた状況を受け、オンライン上演作品も候補対象になりました。これは、実際の空間やその奥行を踏まえた“戯曲”とは構造が異なるのでは、とは思います。けれども、オンラインも演劇として捉えるという新たな考えの導入であり、また何より「苦境のなかで演劇に取り組む方々へちゃんと目を向けたい」という画期的な判断だったと思います。

そして最終候補作に8作が選ばれたのですが、すべて「上演台本」だったことも特徴でした。

「上演台本」は実際の公演のためのもので、「戯曲」は読み物として意識されたものですので、そもそも書かれた目的が違います。「上演台本」でも岸田戯曲賞のノミネートにあたって戯曲として整えられるとは思うのですが、稽古場で使用された台本の状態に近い可能性があります。

特定の俳優に当て書きしたものもあれば、特定の上演地域やファン層に向けて書かれたものかもしれません。また、依頼を受けて「この劇場でこの俳優さんと演出家でテーマはこれです」と特定の座組での上演のみを想定して書かれたものもあれば、劇作家が演出も兼ねていることで、作品にとって重要な演出が戯曲に書き込まれていないものかもしれません。「上演台本」のままの状態であることと、「戯曲」になったものでは受ける印象も変わります。結果、意外な作品が受賞する可能性もあり得ます。

また、8作の並びを見たときに「2020年を象徴するラインナップになるように、あえて選んだのかな」と感じました。それほど、戯曲としての完成度以上に、コロナ禍に対していろんなアプローチをした作品が並んだように見えたのです。あえてそうだとしたら、白水社が「数十年後に振り返ったときに、あの年はこういう年だったのか、という記録となるように」と考えたのだろうと、主催者としての判断には頷けます。しかし、最終選考委員の選考基準は違うでしょう。コロナ禍を意識したものにはならなかったはずです。どんな作品が並ぶにしろ、そこに書かれた文字作品として選評することが、戯曲賞としての選考委員の役割でしょう。

結果、今年は「該当作なし」でした。

発表直後のSNSでは「受賞作なしってあり得るの?」「コロナ禍だからこそ受賞作は出してほしかった」という反応もいくつかありましたが、そもそも岸田戯曲賞は第1回目から「該当作なし」。その後、第3・5・7回とつづき「該当作なし」は今年で12回目です。つまり全65回のうち約2割が「該当作なし」なのです。

また、選考委員は“過去の受賞者”です。厳しい選考を行うほど、それはそのまま自分自身にも返ってきます。それでもあなどることなく真正面から戯曲に向き合い選考をすることが、歴代の受賞作家や受賞しなかったすべての劇作家、現在も戯曲を書きつづける自分、そして演劇を志す人たちへのプロフェッショナルとしての真摯な姿勢だと思います。

そのため「受賞作なし」はじゅうぶんあり得ることでした。

3月末からは順次、選評が公開されています。選評の言葉は力強く、コロナ禍の困難ななかでも作品を生み出した作家たちに向き合う切実さが感じられるようでした。

また、岸田戯曲賞とほぼ同時期に開催されたOMS戯曲賞(27年つづく関西発信の戯曲賞)の選評と、ものすごく詳細な選考経過が、WEBに公開されています。こちらでもまた、さまざまな劇作家の方々が2020年の状況下で創作や、コロナ禍と戯曲の距離感についてそれぞれ言葉を尽くされています。若い演劇人たちへのエールと温かさにあふれながら、選評としての読み応えもあります。

戯曲を読む。演劇の扉を開ける。


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