なぜタイのデモで『ハム太郎』が歌われたのか?ポップカルチャーが持つ本質的な魅力とその危うさ

2021.4.13

ポップカルチャーに本質的に備わった「快」の強さ

本書の訳者あとがきによれば、ジェンキンズは『コンヴァージェンス・カルチャー』に先立つ著書『テクストの密猟者』において、ファン共同体によるコンテンツへの独自のコンテクスト付与を、ミシェル・ド・セルトーの概念を借用し「密猟」と表現したという。それに倣って言えば、この今日的な仕掛け人なきパロディは、特権的な密猟者など存在し得ないということを改めて確認させてくれる。もし誰かが政治的な意図をもってコンテンツの特権的な密猟業者たろうとしても、その意図とは無関係なパロディが別のところで発生し、その密猟の特権性を奪う。こうしたコンテンツ流通のあり方は、まさしく「メディアの制作者とメディアの消費者の持つ力が前もって予見できないかたちで影響し合うところ」という「コンヴァージェンス・カルチャー」の性質を、本書が書かれた時代のコンテンツ以上に体現している。

「密猟」の概念が提唱される『日常的実践のポイエティーク』ミシェル・ド・セルトー 著/ 山田登世子 訳/筑摩書房

最後に、その仕掛け人なきパロディにおいて、何がイニシアティブを握るのかを仮説的に少し考えてみたい。もし特権的な意図が成立せず、集団のなかからパロディが自然発生するのだとしたら、どんな要素がそれを促すのだろうか。「ハム太郎」の事例においては、おそらくコンテンツに内在するプリミティブな快楽がその役割を果たしているように思われた。「アニメソングをパロディしながら曲に合わせて走り回る行為」そのものの楽しさは、それをする「理由」が伝わらなくとも浸透していく。そしてそのことは、もともと日本のオタクカルチャーにおいて「ハム太郎」のサークルが楽しまれていた要因と同じなのである。

『CDツイン とっとこハム太郎「みんな大好き!ハムハムソング」』/ 日本コロムビア

ポップカルチャーのコンテンツやパロディが、接点のないはずの現場同士を容易に行き来し、時にハードルの高い政治的な活動さえも支えてしまうのは、まず第一にそこに「快」の強さがあるからだ。そしてそれは、特定の意図が特権的な役割を持たなくなることでさらに加速する。

良くも悪くも、「快」に促された運動は、意図による抑圧を受けることなく拡大していく。そのことが「ハム太郎」のようにポジティブな結果を生み出すこともあれば、「カエルのぺぺ」のように火種をもたらすこともあるだろう。しかし重要なのは、そこでは意図が後景に退き、見えにくくなりがちだということだ。「コンヴァージェンス」は、ポップカルチャーの持つ力がそのようなものであるということを、いささかの恐れも含みながら記述できる概念でもあるように思える。

この記事の画像(全5枚)




関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

「トランプ劇場」が露わにした“中央”の空虚さと二大政党制の無意味さ(粉川哲夫)

安倍サムネ

「54年生まれ、安倍晋三」はうっすらと政治家になりたかった。憲法改正に固執したのは、だって祖父の悲願だったから

「政治に対して声を上げない若者」を作ったのは誰か――都知事選と出てこないキッズ(古田大輔)

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

話題沸騰のにじさんじ発バーチャル・バンド「2時だとか」表紙解禁!『Quick Japan』60ページ徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」