なぜタイのデモで『ハム太郎』が?
ポップカルチャーと政治の「前もって予見できない」邂逅について、日本に住む人々にもなじみの深いケースをひとつ挙げてみたい。昨年7月にタイで起こった反政府デモで、なぜか日本のアニメ『とっとこハム太郎』のテーマソングが用いられたという事例である。日本のニュースでも扱われたので記憶に残っている人も多いだろう。テレビでは、デモに参加したタイの若者たちが「とっとこ はしるよ ハム太郎」というおなじみのメロディをタイ語で合唱しながら小走りで行進する姿が放送された。現地ではハム太郎のステッカーが作成されたり、ぬいぐるみが掲げられたりもしていたようだ。
反政府デモで、なぜ日本の子ども向けアニメのテーマソングが歌われたのか。日本のメディアや現地メディアで紹介されているデモ主催者のコメントによれば、『ハム太郎』がタイでも放送され若い世代に浸透していること、「閉じ込められた檻から出ようとする」境遇が自分たちと重なること、元の歌詞に登場する「ヒマワリのタネ」と、替え歌の歌詞の「納税者のお金」がタイ語で韻を踏んでいること、などが理由らしい。
当人たちがそう語っているのだからそれが「理由」ということでよいようにも思えるが、実際にはそれだけではない。というのも、日本のアニソンDJ文化やアイドル文化に多少親しんだ人間であれば、このデモにおける「『ハム太郎』の曲に合わせて走る」行為が、明らかにそれらの現場で生まれた「芸」を参照したものだということがわかるのである。元の「芸」をひと目見ればその類似に気づけるだろうし、タイ語で歌われるテーマソングの合間には「ハイセーノ!」という日本語のかけ声まで入っている(上記リンクの動画の0:18ごろ)。どこまで意図的かはさておき、参照は明らかだ。
この「芸」は日本のアニソンDJイベントシーンで2017年以降に流行したものと言われており、そこからアイドル現場をはじめ隣接するオタクカルチャーのジャンルに派生していった。筆者が実際に目撃したのは2017年、2018年ごろのアイドルフェスだったと記憶している。その後、国外でのイベントでも行われるようになっていったようだ(詳細な経緯はこの記事に詳しい)。
とすると、タイの反政府デモの主催者は、こうしたカルチャーに親しみのある人間だったのだろうか。日本のアイドル文化にはタイのファンも多く、ライブアイドルがタイに遠征するケースも多々あるし、タイ現地には日本式のアイドルグループもいくつか誕生しているので、あり得ない話ではない。とはいえ実際のデモにおいてはその痕跡は(それこそ「ハイセーノ」のコールくらいしか)残っていないし、参加者たちもその文脈をほとんど理解していないだろう。重要なのは、主催者が実際にオタクカルチャーを理解した上で「ハム太郎」を参照していたかどうかではなく、デモ主催者の語るまじめな理由と、オタクカルチャー由来の理由のどちらも、「『ハム太郎』が歌われた理由」としては確からしいということだ。
さらに調べていくと、また別の情報も出てくる。たとえば、そもそも『とっとこハム太郎』はタイでも2005年から放送されており、「ハム太郎」のテーマソングは若年層にもよく知られているらしいということ。またタイ文化の専門家によれば、「ハム太郎」はある種のネットミームとしても知られていたらしい。ここまでくると、日本にいる人間には「タイにおける『ハム太郎』の位置づけ」がほとんど推察できなくなってくる。タイの人々が抱く「ハム太郎」へのイメージは、日本の我々が抱く(また、先の「芸」の前提になっている)「ハム太郎」のイメージとは違っている可能性が大いにある。タイのデモで「ハム太郎」が歌われているのを見て日本の人々が感じるおかしみは、おそらく現地のデモ参加者たちには伝わらないだろう。
関連記事
-
-
天才コント師、最強ツッコミ…芸人たちが“究極の問い”に答える「理想の相方とは?」<『最強新コンビ決定戦 THE ゴールデンコンビ』特集>
Amazon Original『最強新コンビ決定戦 THEゴールデンコンビ』:PR -
「みんなで歌うとは?」大西亜玖璃と林鼓子が考える『ニジガク』のテーマと、『完結編 第1章』を観て感じたこと
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
「まさか自分がその一員になるなんて」鬼頭明里と田中ちえ美が明かす『ラブライブ!シリーズ』への憧れと、ニジガク『完結編』への今の想い
虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会『どこにいても君は君』:PR -
歌い手・吉乃が“否定”したかった言葉、「主導権は私にある」と語る理由
吉乃「ODD NUMBER」「なに笑ろとんねん」:PR -
7ORDER安井謙太郎、芸能人に会いたいで始まった活動が「自分の仕事」になるまで
求人ボックス:PR