「54年生まれ、安倍晋三」はうっすらと政治家になりたかった。憲法改正に固執したのは、だって祖父の悲願だったから

2020.10.10

安倍サムネ

文=近藤正高 編集=アライユキコ 


安倍晋三、松任谷由実、ホイチョイ馬場社長は同じ1954年生まれ。3人の親交を辿っていくと、共通点が見えてきた。大学がレジャーランドと呼ばれ始めた時代に青春を過ごし、戦争や政治から遠い文化を享受した最初の世代。その土台は、政治家・安倍晋三を考える上で重要なヒントになりそうだ。ノンフィクションライター近藤正高が資料を駆使して「54年生まれ、安倍晋三」の肖像に迫る。

ユーミンとホイチョイ・プロダクションズ代表、馬場康夫

この8月に安倍晋三首相(当時)が辞任を発表した際、ミュージシャンの松任谷由実がラジオ番組で、「テレビでちょうど(会見を)観ていて泣いちゃった。切なくて。私の中ではプライベートでは同じ価値観を共有できる。同い年だし、ロマンの在り方が同じ。辞任されたから言えるけど、ご夫妻は仲よしです」と、首相にねぎらいの言葉を送ると共に夫妻と親交があることを明かした。この発言に対しSNSなどでは否定的な意見も目立ち、しばらく波紋を呼んだ。あのユーミンが時の為政者と親交があることに失望した人もけっこういたようである。ただ、「プライベートでは同じ価値観を共有できる」と言っているあたり、安倍の政策や政治信条を支持するというのとはちょっと違うだろう。

私自身は、ユーミンが首相夫妻と親交があると知っても意外には思わなかった。それというのも、彼女は今から36年前の1984年、ある対談で《たぶん二〇年後ぐらいにね、日本の政治家の奥さんになっているような女の子たちは、必ず私の曲は聴いていたと思いますね、学生時代》といった発言をしていたからだ(『若者たちの神々 Part3』筑紫哲也/朝日新聞社)。この言葉からは、自分は同時代の若い女性たちを音楽を通して先導しているのだという、当時30歳のユーミンの強い自負が伝わってくる。実際、彼女の言っていたことは的中した。ただ、今振り返って引っかかるのは、彼女が自分のリスナーとして想定したのが、20年後に「政治家になっているような女の子たち」ではなく、「政治家の『奥さん』になっているような女の子たち」にとどまった点だ。ここにはユーミンの保守性を見出さざるをえない。先の首相と「価値観を共有できる」という発言も、こうした意識から出たものと考えれば一応の説明がつくだろう。

『若者たちの神々 Part3』筑紫哲也編/朝日新聞社
『若者たちの神々 Part3』筑紫哲也/朝日新聞社

然る記事によれば、ユーミンは安倍首相の昭恵夫人の誕生日にも招かれているという。これは、ホイチョイ・プロダクションズ代表の馬場康夫とのつながりかららしい(石黒隆之「ユーミン罵倒発言の的はずれ。安倍夫妻とは昔から仲良しなのだが…」『日刊SPA!』2020年9月3日配信)。馬場といえば、バブル期にユーミンの楽曲をフィーチャーした『私をスキーに連れてって』(1987年)という映画を監督し、ヒットさせている。実は馬場と安倍は成蹊学園で幼稚園から大学まで一緒だった同級生である。ユーミンも彼らと同じ1954年生まれ(ただし早生まれなので、安倍たちより学年はひとつ上)だ。

政治への関心が薄かった学生時代の安倍


近藤正高

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