「54年生まれ、安倍晋三」はうっすらと政治家になりたかった。憲法改正に固執したのは、だって祖父の悲願だったから

2020.10.10


政治への関心が薄かった学生時代の安倍

安倍は首相に返り咲く直前の2012年、雑誌『東京人』の増刊号で馬場と対談している。そこで両者は、成蹊学園の所在する吉祥寺界隈を再訪し、学生時代の行きつけの飲食店などで思い出話に花を咲かせていた。安倍と馬場は同じクラスになったことは一度もなかったものの、お互いの存在はよく知っていたようだ。高校時代、安倍は地理研究部に所属し、文化祭で発表もしたが、ほとんど誰も見に来なかった。それに対し、馬場がのちにホイチョイ・プロダクションズを結成する仲間たちと撮った映画は、いつも大入り満員だったという。対談で馬場は、のちに『私をスキーに連れてって』を撮ったとき、キャリアのない素人だと世間では思われていた中、安倍が「彼は高校生のときから映画を撮っているよ」と言ってくれたのでうれしかったと明かしている。ふたりの友情を窺わせるエピソードだ。

対談を読む限り、青少年期における安倍の政治への関心は、せいぜい小学校の卒業アルバムで将来なりたい職業に政治家を挙げていたことぐらいしか出てこない。大学卒業後、彼は神戸製鋼で3年間のサラリーマン生活を送るが、馬場から「政治家への意識は、その当時からあったの?」と聞かれ、うっすらとはあったとしながらも、決心したのは会社を辞めて父親の安倍晋太郎の秘書になってからだと答えている。安倍が秘書になったのは1982年、父が外務大臣に就任したときだった。

馬場が「政治家への意識はあったのか」とわざわざ聞いたのは、逆にいえば、少なくとも学生時代の安倍には政治への関心があまり窺えなかったという証しだろう。

政治ジャーナリストの野上忠興もまた、大学時代の安倍について調べるにあたり《10人近い学友に取材したが、約半数は「あいつは政治家になる気はなかったのではないか」という印象を述懐》したと、著書『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)に記している。

著書『安倍晋三 沈黙の仮面』野上忠興/小学館
『安倍晋三 沈黙の仮面』野上忠興/小学館

ただ、安倍は馬場との対談中、政治とは無縁だった学生時代の思い出話を補完するためか、折に触れて政治家としての顔をのぞかせた。中には、政治家としての信条を強調するあまり、会話がちぐはぐになっている部分も見受けられる。特に対談の終わりかけ、馬場の《成蹊学園の先生方は、一人ひとりの個性を本当によく認めてくれたと思う。だから自分の好きな道を信じて、進んでこられた》という言葉を受けての、安倍の以下の発言はいかにも唐突だ。

教育は国の礎、国の未来を左右します。環境を整えることも大切ですが、整えればそれでいいという話ではありませんからね。
「今日よりぞ幼心を打ち捨てて人と成りにし道を踏めかし」——これは、吉田松陰先生の言葉で、小学生になればもう大人の一員として、人間になるための道を歩いていかねばならないという意味です。世の中には守るべきルールがあり、規範を知らないようでは人ではない。学問とは、人である理由を学ぶことだといっています。

『東京人』2012年6月増刊

馬場もこれには戸惑ったのか、《人になるために学べよということと、人はそれぞれいいところがあって違うから、いいところを伸ばせよ、ということは、両立できないようにも見えるけれど……》と言葉を濁している。そもそもなぜ、ここで吉田松陰の言葉が出てくるのか。対談の前半では確かに、安倍が成蹊学園に入学した理由を聞かれ、祖父で元首相の岸信介が松陰を尊敬しており、彼の開いた松下村塾と同様、私塾的な精神を持つ成蹊教育に共鳴したからと説明している。だが、松陰の教育が成蹊学園の教育方針に直接つながっているわけではない。むしろ成蹊学園では、馬場の言うように個性を重視する教育を実践してきた歴史が長い。大正時代には、当時使用が義務づけられていた国定教科書の廃止論を展開し、私製の教科書を導入していたほどだ。

『東京人 成蹊学園と吉祥寺の100年』2012年6月増刊/都市出版
『東京人 成蹊学園と吉祥寺の100年』2012年6月増刊/都市出版

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近藤正高

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