私の“故郷”はどこにあるのか 『絲山秋子展』から学ぶ、その“土地”に生きるということ

2021.3.11

心の縄張りが可視化できる土地を求めて

それにしても、なぜ絲山さんは数々の赴任地の中でも、群馬・高崎で生きることにしたのだろうか。

先のインタビューの中で、「自分と山との距離感」から「自分がいつもどこにいるのか群馬にいればわかる」ことに安心感を覚えると語っている。

「今でも東京の実家に帰ったら、だだっ広くて自分がどこに居るのかわからない。どこのことまで把握していればいいのかわからない。だからやはり帰ってきてほっとします。心の縄張りを可視化できるようなことは、私にとっては大事なことなのです」

心の縄張りという言葉は新鮮だった。

確かに東京では、自分がどこにいて、どこまでのことをケアすればいいのかわからない感覚はあった。けれど、私にとってそれは故郷でも同じだった。

住んでいる町のほかにも、「十勝地方」の連帯意識があり、「札幌市民とそれ以外の町の人間」という認識があり、さらには本州を指した「内地」の人に対して「外地」の人間であるという自負がある。広大な地に広がる幾重にもなる境界のどの枠内にも属せる気がせず、その場その場に応じて適切な“縄張り”を伸縮させてきた。

土地と自分の間に固定の関係を結べなかったことが、私を異邦人たらしめてきた理由なのではなかろうか。そういう意味では、街に合わせてさまざまな顔を差し出せる東京は居心地がよかった。けれど、ひとつの街が抱えられる記憶のストレージには限界がある。思い出が飽和してしまった東京はどこを歩いても悲しくて、容量を超えた分だけ涙がはらはら止まらない。

いつまで自分は“よそもの”でありつづけるのだろう。

そんな漠然とした不安に押しつぶされそうになったとき、絲山作品に登場する人物たちを思い出す。各地を流れるように生きる「欠落」した“よそもの”たち。彼らに初めて出会ったときから十数年の歳月を経て、私はまた彼らの存在に支えられる。

いろいろな地を流れながら、“私の土地”を探すのもいいかも知れない。

近くに山が見えない十勝の平野は、ただただ遠くまで広がっている。

この記事の画像(全6枚)



  • 『絲山秋子展─“土地”で生きる人々を描く』

    開催期間:2021年1月16日(土)~3月14日(日)
    会場:群馬県立土屋文明記念文学館
    営業時間:9:30〜17:00

    関連リンク


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

身体性が希薄な時代に、皮膚や四肢から「私」の境界線を考えるふたつの展示

「女らしさ」を爆破した石岡瑛子、「理想の女」を演じた江戸の和装男子──ファッション&広告から読み解くジェンダー観の歴史

「結婚、恋愛、子育ての三位一体はハードルが高い」家族のかたちをカスタマイズして生きるための4つのヒント

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

話題沸騰のにじさんじ発バーチャル・バンド「2時だとか」表紙解禁!『Quick Japan』60ページ徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」