山本政志監督5年ぶりの新作『脳天パラダイス』に、コロナ禍の閉塞感を打ち破る希望を見た(末井昭)

2020.11.17
1117末井昭ジャーナル

文=末井 昭 編集=谷地森 創


編集者として『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』など数多くの雑誌を創刊し、自伝的作品『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化されるなど、エッセイストとしても多くの著作を持つ末井昭。

山本政志監督5年ぶりの新作『脳天パラダイス』が11月20日より、全国ロードショーされる。山本監督の幻の傑作『聖テロリズム』(撮影助手に諏訪敦彦がクレジットされている)に出演した経験もある末井は、本作にコロナ禍の閉塞感を打ち破る希望を見たという。その真意とは。


「カラミ」を期待して出演した『聖テロリズム』

山本政志監督の映画に出たことがある。もう40年も前のことだ。

出た理由は、恥ずかしい話だけど、「女の子とカラミがあるけど、出ないですか?」みたいなことを山本監督から言われたからだ。カラミとは、業界用語でセックスまたは擬似セックスのことを表す。

撮影場所は、下北沢の駅前劇場を一昼夜借り切っていた。季節はちょうど今ごろ(11月ごろ)だったと思う。午後8時ごろ近くの喫茶店で、ちょっとドキドキしながらひとりで出番を待っていた。1時間ほど待たされて山本監督が来たので、「いよいよカラミかな?」と思ったら、「末井さん、申し訳ない。女の子が来なくなっちゃって。代わりに『オカマ』が来ます」というようなことを言われた。

それを聞いてガクッとした。「えっ? 『オカマ』と?」と思うと、自分の中のワクワク感のようなものがスーッとしぼんでしまった。けど「帰る!」とは言えなかった。それは山本監督が真剣だったからだ。この映画に協力しないといけないという気持ちにさせられてしまう。

「オカマ」が来るまで喫茶店で待っていた。2時間以上その喫茶店にいたと思う。しばらくして再び山本監督が入ってきた。「末井さん、『オカマ』も来れないって。末井さんひとりでオナニーしてもらえないかな」というようなことを言われた。「それは……」と思ったけど、「今度こそ帰ります!」とは言えなかった。

しぶしぶ山本監督のあとをついて駅前劇場に行った。そこにはスタッフや出演者が何人かいた。8ミリ映画なのに、こんなにスタッフがいるのかと思った。僕の出番になり、山本監督に言われたとおり、裸になってオナニーをした。寒かった(このとき風邪を引いて3カ月治らなかった)。

その映画は『聖テロリズム』という。なんだかわけがわからない人たちが次から次に出てくる(自分もそのひとりだが)、カオスのような映画だった。

山本監督の「現場力」が成立させた映画『脳天パラダイス』

『聖テロリズム』のことを思い出したのは、山本監督が5年ぶりに撮った映画『脳天パラダイス』を観たからだ。『聖テロリズム』のように、次から次へとわけのわからない人たちが出て来る。それに山本監督の妄想が加わって、グチャグチャなカオスのような映画になっている。こういう映画を撮れるのは、おそらく山本監督しかいないのではないだろうか。

それは、山本監督の「現場力」がなせるわざにほかならない。「現場力」とは、撮影現場でものすごいパワーを出し、まわりを巻き込み、時には予想さえしなかった映像を撮ってしまうことだ。揉め事が起こったとしても、適当なことを言って丸めてしまう(想像ですが)。その片鱗を、僕は40年前に見ている。

では、その『脳天パラダイス』とはどんな映画なのか。これがなかなか説明しづらい。ストーリーを説明してもなんにもならないと思うのだが、映画紹介の決まりに従って、まずはストーリーを簡単に紹介する。

映画『脳天パラダイス』場面写真
柄本明演じる「謎のホームレス老人」

東京郊外の高台にある、タイル張りのものすごくデカイ豪邸で、父親の笹谷修次(いとうせいこう)、引きこもりの息子ゆうた(田本清嵐)、不甲斐ない父親にイラついている(家を手放すことになったのも父親の借金からだ)娘あかね(小川未祐)の3人が、引っ越しの準備をしている。ふてくされたあかねは、ツイッターに「今日、パーティをしましょう。誰でも来てください」と地図をつけてツイートし、そのまま眠ってしまう。そのツイートは瞬く間に拡散し、訳のわからない連中が次々と豪邸に集まって来る。

まず、恋人を作って家を出て行った元妻の昭子(南果歩)が来る。次に、パーティに紛れて結婚式をするつもりでやって来たインド人のゲイカップルが来る。仕事で来た引っ越し業者の若者も、仕事をほっぽり出してパーティに加わる。あかねの叔母さん、あかねの友達、自転車で日本一周している男(泥棒)、台湾から来た親子、酔っ払いのOL、恋人を探しているイラン人、謎のホームレス老人(柄本明)……どんどんヘンな人が増えてくる。そんな連中を追い返そうとする笹谷修次だが、もうどうにも止まらない。

豪邸は次第にお祭りカオス状態になっていく。屋台が出て、盆踊りが始まる。ジャンキーが大量のハッパを持って現れる。ヤクザが来て賭場を開帳する。セックスが始まり、お祖父ちゃんお祖母ちゃんがあの世から出て来る……もうハチャメチャの大狂乱。観ていてついつい大笑いしてしまった。

映画『脳天パラダイス』場面写真
ヤクザが来て賭場を開帳する
映画『脳天パラダイス』場面写真
豪邸は次第にお祭りカオス状態に

コロナうつなんか吹っ飛んでしまうかもしれない


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末井 昭

(すえい・あきら)編集者、エッセイスト。『ニューセルフ』(セルフ出版)、『写真時代』(白夜書房)、『パチンコ必勝ガイド』(白夜書房)などを立ち上げ、編集長を務める。『自殺』(朝日出版社)で第30回講談社エッセイ賞を受賞。1982年の刊行以来、さまざまな出版社から文庫化され、版を重ねている自伝的エッセ..

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