“たぶん自分は見放される側になるのだろう” 『自殺』の末井昭が考える「命の選別」と「安楽死」

2020.9.17

文=末井 昭 編集=谷地森 創


編集者として『写真時代』、『パチンコ必勝ガイド』など数多くの雑誌を創刊し、自伝的作品『素敵なダイナマイトスキャンダル』が映画化されるなど、エッセイストとしても多くの読者を魅了する末井昭。

『自殺』『生きる』など、「命」をテーマにした作品を執筆しつづけてきた末井昭が「相模原障害者殺傷事件」と「ALS患者嘱託殺人事件」、そして新型コロナウイルスの蔓延から「命の選別」と「安楽死」について真正面から考える。誰もが安心して、希望が持てる社会への道筋とは。


たぶん自分は見放される側になるのだろうと思った

「命の選別」ということが頭から離れなくなったのは、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めたころだ。最初はクルーズ船内でのことぐらいに思っていたが、あれよあれよという間に感染が広がり、持病がある老人が危ないと言われるようになった。持病がある老人といえば、僕もそのひとりだ。

急速に感染が拡大したイタリアやニューヨークでは人工呼吸器が足らなくなり、誰を救い誰を見放すか「命の選別」をせざるを得なくなったと報じられていた。日本でも医療崩壊が起こればそうなる。そのとき、たぶん自分は見放される側になるのだろうと思った。

そんなことは、これまで考えたこともなかった。どんな病気でも、病院に行けば最善を尽くして命を守ってくれるものだと思っていた。しかし、そんなことは緊急事態になれば、いとも簡単に覆させられることがわかった。コロナに罹ったらおしまいだ。そう思うようになり、外に出るのが恐ろしくなってしまった。

相模原事件をマスコミが掘り下げづらい理由

3月16日に、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で重度障害者と職員45人を殺傷した相模原障害者殺傷事件(2016年7月26日未明に発生)の植松聖被告が、横浜地裁で死刑判決を受け、本人が控訴を拒否したため死刑が確定した。裁判が始まってからわずか10週間弱のスピード判決だった。

相模原障害者殺傷事件は、テレビや新聞など一般メディアで報じることが難しい事件だった。植松被告は意思疎通が取れない人間を「心失者」と呼び、「心失者は不幸をつくるだけ、安楽死させるべきだ」という主張を繰り返していた。

マスコミは事件のことは報道しても、それを掘り下げようとはしなかった。それは、どうしても差別の問題になってしまい、世間からバッシングを受ける危険があるからだ。それと、植松被告のように極端ではなくても、「障害者は社会の邪魔者」と思っている人が少なからずいる。事件を掘り下げていくと、そのことにぶち当たってしまう。実際、自分の中にもそういう気持ちが絶対ないとは言い切れない(そのことが自分を不安にしているのだが)。


植松聖が描いた30ページのマンガ

マスコミが報道しづらいこの事件を、事件直後から取り上げてきたのが月刊誌『創』だ。「事件の真相究明のために最も大切なことは犯行動機の解明だ」と言う篠田博之編集長は、手紙や面会で70回にわたって植松被告とやりとりを重ねてきた。

2018年7月に、『創』に掲載された記事をまとめて構成した『開けられたパンドラの箱 やまゆり園障害者殺傷事件』(月刊『創』編集部・編)が創出版から出版されたのだが、この本が発売される前に出版中止を求める動きがあり、それが6月21日のNHKニュースで報道された。そのため、植松を取材した箇所の原稿を再検討し、誤解されないよう説明を加えたり削除したり、大幅な修正を加えることになったという。

植松被告は『創』編集部に、手紙だけでなく獄中で大学ノートに描いたイラストやマンガを送ってきていた。この本には、その中から30ページのマンガが掲載されている。植松被告はそのマンガで、自分の世界観のようなものを表現したかったらしい。内容は意味不明のところもあるが、絵はかなり緻密でうまい。植松被告が表現の道に進むことができていたら、この事件は起きなかったかもしれないのだ。

『開けられたパンドラの箱 やまゆり園障害者殺傷事件』より植松聖のマンガ
『開けられたパンドラの箱 やまゆり園障害者殺傷事件』(創出版)より

我々が植松聖をつくったのではないか

今年になって出版された、植松聖とその事件・裁判について書かれた本を挙げてみると、『パンドラの箱は閉じられたのか 相模原障害者殺傷事件は終わっていない』(月刊『創』編集部・編)、『相模原障害者殺傷事件』(朝日新聞取材班)、『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』(雨宮処凛)、『やまゆり園事件』(神奈川新聞取材班)の4冊がある。4冊とも6月〜7月に発売されている。

これらの本から教えてもらったことは多く、僕にとってこの事件は忘れられないものになるだろうと思った。しかし「犯行動機の解明」は、今のところどの本にも書かれていない。それは、植松聖がなぜ極端な考えにいき着いたのかということが、植松本人をインタビューしても、裁判でも、明らかにされなかったからだ。死刑が実行されれば永久に謎となる。

先に植松のような考えの人が少なからずいると書いたが、過去に石原慎太郎元都知事が障害者施設を訪れたときに、「ああいう人ってのは人格があるのかね」と、植松聖と同じようなことを言っていた(BuzzFeed NEWS「石原慎太郎元都知事、また暴言『業病のALS』 当事者、支援者『呆れる』『恥ずかしい』」)。

それは何も特殊なことではなく、社会にそう思っても構わないムードがあるのではないだろうか。その社会のムードが、植松の考えに影響を与えていることは確かだろう。つまり、我々が植松をつくったのではないか。とすると、第2、第3の植松聖が生まれるということになる。

女性は自身の殺害を「依頼」した


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末井 昭

(すえい・あきら)編集者、エッセイスト。『ニューセルフ』(セルフ出版)、『写真時代』(白夜書房)、『パチンコ必勝ガイド』(白夜書房)などを立ち上げ、編集長を務める。『自殺』(朝日出版社)で第30回講談社エッセイ賞を受賞。1982年の刊行以来、さまざまな出版社から文庫化され、版を重ねている自伝的エッセ..

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