「自助」が求められる社会の中で、他者と「溶け合い、触れ合う」悦びを思い起こさせる作品

2020.10.13

自分と他者との境界を曖昧にする『となりの庭』

9月はもうひとつ、自分と他者との境界をテーマにした展示に触れていた。画家・今村文さんの『となりの庭』だ。

今村文『となりの庭』チラシビジュアル

花や植物を主なモチーフとし、半透明の紙に切り絵を貼りつけた水彩画や、色をつけた蜜蝋を溶かし、漆喰に焼きつける「エンコスティック」と呼ばれる蜜蝋画を制作している今村さん。

本展のステイトメントの中で、今村さんは「庭」を「他者との境界」としている。自己を認識し、他者と関係するための境界。しかし、庭という境界があることで多くの苦しみが生まれているのではないかと彼女は言う。そうした境界の隔たりを、花や虫を行き交わせることによって曖昧にしていこうというのが本展の、「庭」の主眼なのではないかと感じた。

今村さんの絵の朧気(おぼろげ)な風合いは消え入りそうに儚く、どこか懐かしい気持ちにもなる。私は絵に明るくないが、その質感に見惚れてしまい、うっかり触れそうになることしばしばだった。もちろん、実際には触れてはいないけれど、この「触れたくなる」衝動を起こさせることこそ、作家自身が望んでいたことではなかったか。

――作品を作ること、展示をすること、それぞれは庭を作る事に似ている。

ステイトメントの冒頭で、彼女はそう書いている。

庭をつくること。すなわち境界を創造しながらも、他者と触れ合う余地を残すことは共存する。

自他の境目がなくなることで、傷つけたり、傷つけられたりすることが多々あった。一方で、自他の境目がくっきりし過ぎていることもまた孤独や傷つきにつながっていく。

媚びるわけではない。
しかし、読んでくれた人との間に何かを――『となりの庭』で言うところの花粉や虫を――行き交わせられる作品を、私もつくっていきたいと思った。

植物に対する動物の特徴は、自分が自分であるという輪郭をはっきりと持っていることだと思う。中でも人間はとりわけ「食って食われて」の食物連鎖において、一方的に「食って」おり、他者に侵食されることを長らく避けてきた。

そうした生物としての人間のあり方は、他者との関わり方にも関連があるのではないか。あるいは、ほかの生き物(一例として植物や虫)のあり方から、他者との関わり方を学べるのではないか。

そんなことを考えさせてくれた9月の展示だった。

佐々木ののかの「クイックジャーナル」は毎月中旬ころ、月1回の更新予定です。

この記事の画像(全3枚)




関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

「私たち」には見えていない豊かな世界。『異聞風土記』に見るもうひとつの日本史

買い物も投資も、選挙みたいなもの。投資家のバンドマンが考える、くそ笑える未来のつくり方

qjweb_aizawa_11_top

なぜ彼の前だと女性はポワンとしてしまうのか?写真家・相澤義和にその秘訣を聞いた

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

『Quick Japan』vol.180

粗品が「今おもろいことのすべて」を語る『Quick Japan』vol.180表紙ビジュアル解禁!50Pの徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」