安倍政権で見過ごされてきたものは何か
個々の政策に関する評価は、この原稿では触れません。ここでは「成し遂げなかったこと」について語りたいと思います。
この8年間、世界では大きく状況が動き、日本でも変化が広がりつつあったのに、安倍首相が興味を示さなかった、そのために動いているようには見えなかった話題。
それは「同性の結婚の法制化」と「選択的夫婦別姓」です。
結婚をする際に夫婦どちらかの性に統一することを強制せず、同姓でも別姓でも、夫婦に選択してもらう「選択的夫婦別姓」、同じ性別同士で結婚することを法律で認める「同性の結婚の法制化」。
女性の権利への理解が進むなかで、結婚に伴う名字の統一が、実質的には女性側に姓を捨てさせることにつながり、多くの不利益があることを問題視する声が世界で広がりました。すでに、同姓を強制するのは世界で日本だけです。同性の結婚についても、LGBTへの理解が広がり、法制化していないのはG7では日本だけとなっています。
中南米やアジアでも広がるなかで日本が足踏みをしているのは、これらがジェンダーやセクシャリティに関するテーマで、「伝統的な家族観を壊す」という意見が自民党の中にあるからです。
自民党の中で生まれる変化
昨年7月の参議院選挙の公示3日前に、印象的な出来事がありました。日本記者クラブが主催した党首討論会でのひと幕です。
「選択的夫婦別姓に賛成か」という質問に、参加した7党首のうち、自民党の安倍晋三首相だけが手を挙げず、なぜかひとりで笑みを浮かべていました。つづいて「性的少数者(LGBT)の法的権利を認めるか」という質問に対しては、安倍首相と公明党の山口那津男代表のふたりだけが挙手しませんでした。
この8年、国内外でジェンダーやダイバーシティに関する議論が広がりました。その中でも「選択的夫婦別姓」や「同性の結婚の法制化」は裁判の提訴もあり、具体的な動きが国内でも生まれています。
自民党の中でも変化は生まれています。「朝日・東大谷口研究室共同調査」によると、自民党は今でも最も同性婚に消極的な党ですが、2016年→17年→19年の3回の国政選挙の間に「反対」「どちらかと言えば反対」を選ぶ候補者が60%→46%→36%と減り、中立が増えています。「賛成」「どちらかと言えば賛成」は6%→9%→9%なので微増に留まりますが、反対派の急減は党内の変化を示しています。
これは政治的価値観の問題ではない
選択的夫婦別姓にしろ、同性婚にしろ、法制化することによって直接的な被害を受ける人はいません。一方で、別々の姓でいるために事実婚を選んだり、同姓にしたために複雑な手続きや問題を抱えたりしている人たちや、同性同士での結婚を認めてもらえない人たちにとっては福音です。当事者でなくとも運動を支援する人の輪も広がっています。
先ほど、安倍政権は8年間で国民の意見が分かれる難しい法律をいくつも成立させてきた、と述べました。なぜ、誰も不幸にせず、幸せな人たちを増やすだけの政策をこの政権の間に実施できなかったのか。
ジェンダーやダイバーシティの問題に、保守やリベラルなどの政治的価値観は関係ありません。これは人権の問題であり、社会の公正さの問題だからです。
同じ人間なのに、性別が違う、性的な指向やアイデンティティが違うだけで法的・社会的に不利益な立場に立たされている人たちがいる。この8年間に欠けていたのは、苦しんでいる人たちへの想像力や共感力だったのではないでしょうか。
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