常識を揺さぶる名著など6冊「2020年ノンフィクション本大賞」候補作を全読破レビュー
書店によく行くという人なら「本屋大賞」を知らない人はいないだろう。書店員たちが作り上げ育ててきた文学賞であり、今や芥川賞・直木賞受賞作品より売れることも珍しくない。そんな本屋大賞に「ノンフィクション本大賞」が新設されたのが2018年。3年目となる今年は今までにないほど注目タイトルが出そろい、見過ごせない盛り上がりを見せている。
書店員の花田菜々子が、ノミネートされた6作品をすべて読破し、受賞予想とそれぞれの読みど ころを解説する。最近ガツンとくる本に出会えていない人や、読書は好きだけど小説はあまり好きではないという人にもぜひ参考にしてもらえればと思う。
目次
【大本命】『つけびの村』ノンフィクションの力に感嘆せずにはいられない
と、冒頭からネタバラシのようになってしまうが、おそらく受賞はこれではないか?と予想している。それほどに衝撃だったこの本の登場。書き手もほぼ無名であり、そもそもが雑誌への記事掲載すらお蔵入りになる予定だったものを著者がnoteで公開したところ、あっという間に拡散され、まさかの書籍化になったという。
内容は山口県周南市の集落で2013年に実際に起きた連続放火殺人事件を追うルポルタージュであり、犯人はすでに逮捕され死刑が確定しているが、マスコミの報道とはまったく異なる真実を聞き込み取材からあぶり出していく。
なんといってもこの作品の魅力は闇夜にひたひたと近づく足音のような不気味さであり、一度読み始めたらつづきが気になり過ぎて読むのがやめられなくなる中毒性である。私の場合はよりによって旅行先で読み始めてしまったため、本がおもしろくて観光どころではなくなってしまい本当に困った、思い出深い1冊だ。
どこへ突き進むのかわからない住民たちの証言に、著者と共に読者の私たちも振り回され、揺さぶられ、読み終わった瞬間にノンフィクションの持つ力に感嘆せずにはいられないだろう。満場一致で受賞となっても文句のつけどころのない作品である。
【対抗】『聖なるズー』私たちが愛だと思っているものは正しいのか?
ここまで『つけびの村』を大絶賛しておきながら、私の圧倒的推しは実はこちら。大賞は『聖なるズー』に獲ってほしい、というのが私の嘘偽りのない本音である。「ズー」とは動物性愛者、動物と性的な関わり合いを持つ人たちのこと。
さて、動物性愛と聞いてどう感じただろうか。私がこの本を手にした最初の印象は「気持ち悪い」「変態?」「というか動物虐待では?」というまさに典型的なものだった。著者は長くDVに苦しんだ過去があり、悪趣味な性癖としてではなく、人間の愛とセックスの不可解さ、という視点からこの問題に取り組む。ドイツに渡り、動物性愛者たちの話を聞き、彼らと時間をかけて打ち解けていく。
読み進めるうちに自分の印象は次々に覆され、むしろ彼らに共通する動物への愛情や自然な状態を好む性質は、たとえるならヴィーガンのようなものだと思えてくる。自分が最初に感じていた印象は根拠のない偏見であり、なぜ彼らを侮蔑的な言葉で罵らなければいけないと思っていたのだろうと自分が恥ずかしくなった。そして私が彼らに投げかけようとした言葉は数十年前には同性愛者などに投げかけられていた言葉とまるで同じではないか、と。
もちろん動物性愛を手放しで絶賛する内容ではない。だが、私たちが愛、セックス、あるいは常識、モラルだと思っているものは本当に正しいものだろうか? そんな大きな問いを投げかけてくれる名著である。
私がこの本に受賞してほしいと思っている理由は、『つけびの村』はじゅうぶんに話題となりブレイクした感があるのだが、『聖なるズー』は私の感覚からすれば10万部くらい売れてめちゃくちゃ話題になってしかるべきなのに、実際にはその半分にも届いていないからである(それでもまあ大ヒットなのだが……)。加えて、このテーマゆえ、書店で目に留まっても、読む前の私がそうだったように敬遠されてしまうことが多いのではと感じるからである。
だが、この本はけっしてアングラ趣味でエログロの過激な本ではない。受賞すれば「なんでこんなテーマの本が受賞を?」という切り口からでもまっとうな興味を持ってもらえるかもしれない。そもそも本屋大賞自体が、設立当初から、本当におもしろいのに無名ゆえに売れていない本にスポットライトを当てるということを目的としていたはずだ。
というわけで、個人的には『聖なるズー』が受賞してくれれば、と願っています。
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