【大穴】『女帝』話題性だけではない、おもしろいからこその20万部
さて、この2強だけでも賞レースとしてはじゅうぶんなのにさらなる殴り込みをかけてきたのがこの『女帝 小池百合子』である。おそらく売り上げだけで言えばダントツで1位のはず。都知事選の直前を狙って発売され、発行部数はすでに20万部を超えている。かつて関わりのあった周囲の人たちの証言を中心に、カイロ大学の卒業が虚偽であること、学歴に留まらずこれまでの人生のすべてが虚飾にまみれていることを告発する書である。
しかし、おそらくこちらは受賞しないのではないかと私は思っている。気迫ある文章も丹念に調べ上げられた内容も申し分なく、「このような恐ろしい人物が現在進行形でその恐ろしさを発揮して都知事を務めている」と社会に告発することの意義は大きいと思うが、名著か? 5年後にも自店の棚に置いておきたいと思うか? あるいは自分の本棚で長く大切にしたい本か? という点から考えると、ちょっと受賞向きではない気がする。すでに『つけび』以上に売れているし、書店員もそのような観点で投票するのではと思うからである。
とは言え、20万部の売り上げはただの話題性によるものではなく、この本を読んだ人がそのおもしろさをまわりに伝えたからこその数字だと思う。実際に話題の渦中の芸能人の暴露本などは中身がスカスカのことも多く、そういう本はただニュースで取り上げられるだけで店ではまったく売れないものだ。書かれていることをすべて鵜呑みにすべきではないだろうが信憑性があるように思われる箇所も多く、あの自信ありげな謎のカタカナ記者会見や的外れなコロナ対策などの点と点がつながって自分の中で線になっていく、そんな本だった。
【良書】『ワイルドサイドをほっつき歩け』人間が愛おしくなるエッセイ集
同じく、おそらく受賞しないだろうと思われるこちらの作品。理由は単純明快で、昨年のノンフィクション大賞で同じ著者の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が受賞しているからである。もちろん同じ著者に獲らせてはいけないという決まりはないが、上に挙げた3強がいることを考えると受賞の可能性は低そうだ。
内容は著者の住むイギリスで、彼女のまわりにいる労働者階級の中高年男性に焦点を当て、彼らの切なくもどこかおかしくてクスッと笑えるような日常を描く。格差社会や移民の問題は日本だけでなくどこの国でも起こっているのだなあと痛感させられるし、著者が描く人々はいろいろ問題があったり情けなかったりしながらも懸命に生きていて、人間が愛おしくなるような素晴らしいエッセイ集だ。
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