ポストコロナ映画批評――映画『ファナティック』に見る“ハリウッドという牢獄”(粉川哲夫)

2020.8.9


ハリウッドの歩道に刻まれた有名スターの名前からわかること

 話を聞きながら、Amazon-USで作品を観ているんですけど、ムースというのは、とても優しい男ですね。

 そう、アナ・ゴーリャが演じるリアと菓子を取り合うほんのさりげないシーンにも、ふたりの愛すべき関係がよく出ていた。ずっと年下なのにムースの母親的なガールフレンドという設定。彼女の仕事は有名人の盗撮なんだね。つまり、この映画の視点は、リアのカメラなのであり、彼女が不在のシーンでも彼女の眼がムースとその世界を見通している。オープニングのナレーションを彼女がやっている理由がだんだんわかる。

年の離れた親友のような、恋人のような、家族のような、なんとも言えない距離感のふたり

 確かに、リアは、いつもムースの救いの天使ですね。『リア王』のリアかな?

 いや、彼女の綴りは「Leah」だよ。これは、旧約聖書の創世記に登場する女性でヤコブの妻だ。日本では「レア」と表記しているので、「リア」では検索が間違う。そのへんは検索オタクに任せて、僕はこの映画は、ホラーでもスリラーでも、むろんストーカーの映画でもなく、むしろ、リアとムースとのひねったラブストーリーだと思うな。

 最後のシーンで「ルイーズ・フレッチャー」の名前が出てくるのがわからない。

 うん、いいシーンですね。ダンバー邸からやっとのことで逃れたムースが、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに辿り着き、歩道をよろよろ歩いていると車で通りがかったリアが見つけて、助ける。彼女はいつも救いの天使なのだね。このあと、例のロバート・クラム調のタッチのクリップが出てきて、彼が羽をつけた天使のリアに抱かれて天に昇っていく絵が見える。「ルイーズ・フレッチャー」の名前が出てくるのは、そのあとのシーンでしょう?

 「What does it say?」(なんて言ってる?)っていうんだけど、これが、なんで「ルイーズ・フレッチャー」につながるのかがわからない。

 これはね、英語の先生みたいなことをしちゃうと、「なんて言ってる?」じゃなくて、「なんて書いてある?」って意味なんです。「メガネがないから見えないよ、なんて書いてある?」と訳さないとわけがわからない。ふたりの足の下の歩道に有名スターの名前が刻んである星マークがあり、そこに「ルイーズ・フレッチャー」って書いてあるんです。

 なるほど、苦しくなってしゃがみ込んだんだと思ったら、そうじゃないんだ。

 そう、ムースがいかに映画の熱狂的なファンであるかを示すシーンです。彼は、重傷の身なのに、歩道にしゃがみながら、「ルイーズ・フレッチャーは悪い看護婦だ」と叫ぶ。リアは、たぶん言っていることがわからなくて、「そうね、そうね」と慰めるしかないのだが、ルイーズ・フレッチャーが「悪い看護婦」を演じた映画といえば、ミロス・フォアマン監督の『カッコーの巣の上で』(1975年)です。ジャック・ニコルソンが演じるマクマーフィが対抗する恐怖の看護婦長ラチェッドを演じた。

カッコーの巣の上で(字幕版) (プレビュー)

 なるほど。そうか、これで最初のナレーション(ロスとハリウッドへの呪詛)とこのエンディングが結びつき、ここハリウッドは牢獄のような「精神病院」であり、最後まで救いの天使はいないということを確認するわけですね。

 でも、それにもかかわらずリアはおり、彼を常に庇護してくれる……リアへの愛ね。フレッド・ダーストらしいエンディングです。

 で、『ファナティック』の映画評はどこに書くの?

 録音取ってくれたでしょう? このまま『QJWeb』に載せようかと。


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  • 映画『ファナティック ハリウッドの狂愛者』

    2020年9月4日(金)より全国ロードショー
    原題:THE FANATIC
    監督・脚本:フレッド・ダースト
    脚本:デイブ・べーカーマン
    出演:ジョン・トラボルタ、デヴォン・サワ、アナ・ゴーリャ、ジェイコブ・グロドニック、ジェームズ・パクストン
    配給:イオンエンターテイメント
    (c)BILL KENWRIGHT LTD, 2019

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粉川哲夫

(こがわ・てつお)メディア批評家、ラジオアートパフォーマー。著書に『メディアの臨界』『アキバと手の思考』(共にせりか書房)、『RADIO-ART』(UV Éditions, Paris)など。https://anarchy.translocal.jp/

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