【新連載】音楽のなる場所(磯部 涼)第1回・コロナ禍のモッシュピット

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文=磯部 涼 撮影=沼田 学
編集=森山裕之


『ルポ 川崎』などの著書を持つライターの磯部涼が、毎月「音楽のなる(鳴る、生る、成る)場所」を取材し、思考する新連載がスタート。
第1回は、2020年4月、ある地方都市で見た「サウンドシステムからサブベースが鳴り響き、若者たちが揉みくちゃになる」光景から始まる。
ジェネレーションZと呼ばれる若い世代のリアル、「うちで踊ろう」のメッセージ、そしてコロナ禍の日本に生まれた希望のアンセム。

コロナ禍における文化の変化は、次第にその基盤を揺るがしていった

男たちの手から手へと葉巻が渡り、部屋が香ばしい匂いで満たされていく。筆者はヴォイスレコーダーを構えたまま、話し始めるタイミングを伺っていた。いわゆるアウトロー取材では珍しくない光景だ。ただ少し前までと違うのは、今がコロナ禍だということである。吐き出される煙を見つめながら、この部屋にもSARS-CoV-2は浮遊しているのだろうかと考える。やがて葉巻は隣の男まで回ってきて、彼はそれを思い切り吸い込むとしばらく息を止め、爆発するように咳き込んだ。咽せながら差し出してくるヨダレでべっとりと濡れた葉巻を、取材中なのでと断る。「集団感染しましょうよぉ」。男はニヤリと笑う。

取材のあと、彼らがクラブに繰り出すと言うのでついて行った。2階のVIPルームには先客がいて、男たちは握手ではなくスニーカーをぶつけ合って挨拶を交わす。そこは気にするのか、と思ったが、ツイッターで同じような海外のミームを見たことがあるので、単にネタとしてやっているだけだろう。先客の中には女たちもいて、露出の多い格好なのに顔は大きなサージカルマスクで覆われているのがちぐはぐだ。

吹き抜けをのぞき込むとフロアは10代から20代と思しき若者でいっぱいだった。ステージのラッパーがマイクを通して言う。「マスコミはコロナコロナ、自粛自粛ってうるさいけど、あんなもん年寄りしかかからないから。お前ら、騙されんな!」。サウンドシステムからサブベースが鳴り響き、若者たちが揉みくちゃになる。4月の始め、ある地方都市で見た光景だ。随分と昔のことのように思える。葉巻の吸い方や握手の仕方といった些細な部分から始まったコロナ禍における文化の変化は、次第にその基盤を揺るがしていった。

「これからの新しい日本の中心を担うのは、間違いなく我々の世代」

「ブーマーリムーヴァー」。アメリカにおけるコロナ禍の初期、そのような言葉がメディアを賑わせた。“ブーマー”は第2次世界大戦後のベビーブーム期に生まれた世代のこと。“リムーヴァー”は剥離材や除去剤のこと。COVID-19は高齢であるほど重症化のリスクが高くなるが、だからこそミレニアルズやジェネレーションZと呼ばれる若い世代は、SARS-CoV-2が彼らの上に居座りつづける“老害”を退出させる役割も果たすと言っている、というのだ。

実際にはブーマーリムーヴァーはもともとジョークとして使われていた言葉のようで、むしろそのネタをマジに受け取った当の高齢者が「若者がこんなひどいことを言っている」と怒ったことで広まった……要するに、そこには上の世代から下の世代に対する猜疑心が表われていると考えられる。もちろん、由来をもう少し遡れば「OK、ブーマー」なる、年配の鬱陶しい言葉を受け流す2019年の流行語があって、それが新しい環境運動におけるスローガンのひとつになっていたように――もしくは前述のラッパーが言っていたように、若い世代が上の世代に対して不満を抱えていることも間違いない。

ブーマーリムーヴァーほど過激な言い回しではなくても、コロナ禍が社会を刷新することに期待する向きはあった。たとえば、1991年生まれでミレニアルズにあたり、現在はロンドンを拠点にしているミュージシャンの小袋成彬(おぶくろ・なりあき)が4月30日、noteに投稿した文章「新時代」(*1)には、以下のように書かれている。「平成3年生まれの日本人である私にとって、これまでの29年間の現実はいつも厳しくて、絶望を感じることばかりでした。しかし今、長く暗かった現実に少しだけ変化の兆しが見え始めていて、今までよりも希望を感じはじめています。これからの新しい日本の中心を担うのは、間違いなく我々の世代だという希望です」

彼は、現在の日本は高齢者主導のシルバー民主主義だが、コロナ禍によって“新しい価値観”が武器になり、若い世代こそが社会を変えていくだろうと考える。「これって実は、すごいことだと思います。/受け継いだ伝統よりも『新しい価値観』のほうが力を持つ時代って、明治維新以来、約150年間ほとんどなかった瞬間だと思うのです」。

(*1)https://note.com/nariaki0296/n/n5b50a842af4f

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