【新連載】音楽のなる場所(磯部 涼)第1回・コロナ禍のモッシュピット

2020.5.22

2020年を象徴するBAD HOP横浜アリーナ無観客配信ライヴ

筆者が以前から追いかけていたラップミュージックに関して言うと、まず“新しい価値観”を感じたのはBAD HOPのライヴだ(*2)。

この、メンバーの多くが95年生まれでジェネレーションZに当たるラップグループは、3月1日に収容人数=17000人の横浜アリーナで単独公演を開催するはずだった。しかし前週の2月26日に日本政府が大規模イベントの自粛を求めたことを受けて、観客を入れずにライヴを行い、映像をリアルタイムで配信することを決断。その結果、彼らは1億円以上の負債を背負うことになったというが、すぐさま「借金1億円の無観客配信ライヴ!」と、ある意味でキャッチーなコピーの下にクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げ、結果的に7800万円以上の支援金を集めるに至った。

さすが、さまざまな苦境を乗り越えてきただけはあるたくましさを感じたが、今回、堀江貴文や前澤友作がバックアップしたのは、そこに現代の『成りあがり』(矢沢永吉)を思わせる普遍的なストーリーと、新しいビジネスの可能性を感じたからかもしれない。配信の冒頭、メンバーのBenjazzyが「横浜アリーナ!」と叫んだ瞬間、カメラが切り替わって観客がひとりもいない広大なフロアが映し出されるという、2020年を象徴するような映像。メンバーのT-Pablowが曲間に話した「レイシズムに向かう人間もいるけれど、架空の敵を作っているようでは問題は解決しない」という、ユヴァル・ノア・ハラリにも先駆けたようなメッセージ。

“新しい生活様式”にはライヴハウスもクラブも含まれていない

それらは確かにポストコロナにおける新しいエンタテインメントの萌芽だった。4月24日から26日にかけては、現在のアメリカのラップミュージックを代表するアーティストのひとりであるトラヴィス・スコットが、オンラインゲーム『フォートナイト』でイベント「アストロノミカル」を開催、累計参加者は2700万人を超えたという(*3)。

ゴジラのように巨大なラッパーが会場を闊歩したり海に飛び込んだり、空から宇宙へと飛び回ったりする場面に世界中のプレイヤーと居合わせているような臨場感は、ライヴイベントやフェスティヴァルの中止がいつまでつづくかわからないなかで、ひょっとしてこれがスタンダードになっていくのではないかと夢想させるのにじゅうぶんなクオリティだった。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」(2020年4月30日)にZoomを通して出演した際、「アストロノミカル」について話したところ、司会の宇多丸は「じゃあ、RHYMESTERは『あつまれ どうぶつの森』の中でライヴをやろうかな」と言っていたが、今年の頭に47都道府県を巡るツアーを終えた彼らの次の舞台は、オンラインゲームの空間になるのかもしれない。

一方で、“現実”の空間であるライヴハウスやナイトクラブは行政による支援の見通しが立たないなか、やはりクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げ、しかし当初の熱気は、その数が次第に増えるにつれてパイの奪い合いの様相を呈していった。もしくは5月、営業を再開したソウルのナイトクラブから大規模な感染が起こった事件は、日本の少し先の未来を見せられているようでぞっとした。今、日本政府も経済活動を再開させようと焦っているように見えるが、彼らは緊急事態宣言解除後もライヴイベントへ行くことを控えるようにと言う。“新しい生活様式”とやらにはライヴハウスもクラブも含まれていないのだ。確かに文化は時代と共に形を変えていくだろう。しかしその過程で失ってしまうもののことを考えると、無邪気に未来を夢想している場合ではないとも思ってしまう。

(*2)https://www.youtube.com/watch?v=XzRc6jFJoP8
(*3)https://www.youtube.com/watch?v=wYeFAlVC8qU

「うちで踊ろう」と「うちで暴れな」

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磯部 涼

(いそべ・りょう)ライター。主に文化と社会の関わりについて執筆。単著に『ルポ 川崎』(サイゾー、17年)、編著に『踊ってはいけない国、日本――風営法問題と過剰規制される社会』(河出書房新社、12年)、共著に大和田俊之、吉田雅史との『ラップは何を映しているのか――「日本語ラップ」から「トランプ後の世界..

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