野田洋次郎「お化け遺伝子」ツイートから考える「優生思想」の現在。才能を育てるシンプルな方法

2020.8.8


歌舞伎界への幻想、香川照之の場合

野田のツイートは、優生学という以前に、国家が個人の配偶者を選ぶという発想からして、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立すると定めた日本国憲法にも反しており、その点でも論外である。ただ、彼を弁護するわけではないが、例のツイートは一面で、遺伝や血筋といったものに私たちが抱く幻想みたいなものを突いているようにも、私には思えた。

たとえば、芸能界やスポーツ界で2世や3世がもてはやされるのは、今に始まったではない。著名人の子供が表舞台に出てくると、親を知る者はどうしてもその面影を見て取ろうとし、少しでも似たところを見つけると喜ばずにはいられない。宇多田ヒカルがデビューした時には、同じく歌手である母親の藤圭子との類似が盛んに話題にされたし、私自身、歌舞伎役者の中村勘九郎・七之助兄弟の声や仕草に、父親の中村勘三郎の面影を感じると、思わず胸にグッとくるものがある。とりわけ歌舞伎の世界は、血筋によって継承されているというイメージが強い。ひょっとすると、市川團十郎のような大名跡をはじめ、歌舞伎役者は初代から連綿と血脈によってつながってきたと信じている人も多いのではないか。

だが、実際には、現在ドラマなどでも活躍する市川右團次や片岡愛之助などのように、歌舞伎とはまったく無縁の家に生まれた役者もけっして少なくない。市川團十郎家や尾上菊五郎家などの名家にしても、初代からずっと血がつながっているわけではない。ノンフィクション作家の石井妙子(ベストセラーとなった『女帝 小池百合子』の著者でもある)は、各界の著名人の家系を辿った著書『日本の血脈』(文春文庫)のうち俳優・香川照之を取り上げた章で、《そもそも歌舞伎は、血筋によって親から長男へと代々、受け継がれてきたものなのか。それが強まり固定化していくのは、むしろ近年の傾向ではないだろうか》と疑問を呈した。その上で、細かく実例(たとえば2013年に亡くなった十二代目團十郎は、「明治の劇聖」と呼ばれた九代目團十郎とでさえ血縁関係にはない)を挙げながら、先述のような歌舞伎界のイメージが誤りであることを立証している。

『日本の血脈』石井妙子/文藝春秋
『日本の血脈』石井妙子/文藝春秋

香川照之は6代続く歌舞伎役者の家の長男として生まれながら、両親である三代目市川猿之助(現・猿翁)と女優の浜木綿子の離婚により、母のもとに引き取られたがために、家業を継げなかったという悔しさをかねてより明言していた。石井が香川を著書で取り上げるきっかけには、そうした発言に対する違和感があったという。一方、先代の猿之助は、「血筋ではなくて大事なのは芸の力」とことあるごとに口にし、そのとおり歌舞伎役者の子供ではない者にも広く門戸を開いて、前出の市川右團次をはじめ大勢の弟子を育てた。そんな猿之助に、香川は俳優になって初めて対面した際、「あなたは私の息子ではない」とはっきり言われたという。しかし、猿之助のそうした態度は、2003年に脳梗塞で倒れたのを境に軟化していく。香川は2011年、父と一緒に記者会見に臨み、和解をアピールしながら、長男が五代目市川團子を、そして自身も九代目市川中車を襲名すると発表、翌年、歌舞伎の舞台を踏むことになる。この襲名に、マスコミのほか、歌舞伎評論家や歌舞伎好きを標榜する文化人も賛辞を送った。だが、石井はこうした風潮をよしとはせず、《芸のわかる観客がいなくなれば、自然と血脈や、知名度、分かりやすい親子物語が優先されていくのか。それは、こと歌舞伎界に限られたことではなく、今の日本社会全体を覆う、ひとつの風潮、あるいは、病理のように思える》とこの章を締めている。

スポーツ界と人種


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近藤正高

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近藤正高

(こんどう・まさたか)1976年、愛知県生まれ。ライター。高校卒業後の1995年から2年間、創刊間もない『QJ』で編集アシスタントを務める。1997年よりフリー。現在は雑誌のほか『cakes』『エキレビ!』『文春オンライン』などWEB媒体で多数執筆している。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけ..

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