脚本家・渡辺あやインタビュー(5)煙草と人間のエネルギーについて「ちょっとくらい体に悪いこともやっていないと」

脚本家・渡辺あやインタビュー

文=木俣 冬 撮影=石垣星児 編集=田島太陽


自主映画『逆光』に企画と脚本で参加している渡辺あやさんに、彼女の地元・島根で行ったインタビュー。第5回(全6回)では、渡辺さんの作品で煙草を吸う人がやたらと登場する理由などを聞いた。

(1) 地元・島根を訪ね、『ここぼく』『逆光』の背景を聞く
(2)参加意識は「巨人軍のコーチみたいなもの」
(3)自分たちでお金を出し「企画会議を通る要素がひとつもない」映画を作る
(4)「成績優秀な人たちが、小学生が見てもおかしい事態を引き起こすのはなぜなのか?」
(5)煙草と人間のエネルギーについて「ちょっとくらい体に悪いこともやっていないと」
(6)「私にとって脚本は、ある程度の余白みたいなもの」

渡辺あや
映画『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)で脚本家デビューし注目され『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)、『天然コケッコー』(2007年)など優れた脚本を次々書く。『火の魚』(2009年)、『その街のこども』(2010年)でテレビドラマの脚本を書き、2011年、朝ドラこと連続テレビ小説『カーネーション』でそれまで朝ドラを観ていない層にも朝ドラを注目させた。近年は『ワンダーウォール』(2019年)、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(2020年)などが高い評価を得ている。寡作ながら優れた作品を生み出すことに定評がある。

映画『逆光』
コロナ禍、脚本:渡辺あや、監督、主演:須藤蓮が互いの持続化給付金を持ち寄って作った自主制作映画。舞台は70年代の尾道、三島由紀夫にかぶれている青年・晃(須藤蓮)が故郷・尾道に好きな先輩・吉岡(中崎敏)を連れて帰郷してくる。先輩に向けられた湿度を伴った晃の眼差しが物語を牽引する。尾道と島根で10日間のロケを行った。

「やっぱりラブコメやろうよ」と言ったこともあるけれど

──渡辺さんの作品にはある種のメッセージ性を感じ取ることが可能ですが。“渡辺あや”の発するメッセージを受け取って信者になるっていう類のものではなく、渡辺さんに提示されたことが観ている人それぞれの問題になっていく感じがします。

渡辺 なんかねたぶん論文に近い気がするんですよ。いや、研究発表みたいなことかな。結論がなくてただ研究してみましたっていう。結論がなく、とりあえず、こういう問題を自分なりに解釈するとこういう感じなのであとは皆さんよろしくお願いしますという相談なんです。

──ラジオドラマ『はるかぜ、氷をとく』(NHK-FM)は福島がテーマですが、家族の柔らかな関わりが主になっています。

渡辺 いろんなエピソードを紡ぎ合わせたようなことですかねえ。あれも、当時、自分に小さい子供がいたら、こう考えるのではないか、こう悩むのではないかと想像したことを、それぞれの役に振り分けて書いたみたいな感じです。私自身があのドラマを通して福島の当時のお母さんたちの気持ちに近づいてみたという感じでしたね。

『はるかぜ、氷をとく』
2021年3月にNHK-FMで放送されたラジオドラマ。原発事故のあと福島から千葉へ移住した姉と福島に残った妹を中心にした物語。

──東西の大学、福島、広島と近年書かれている題材が、社会派作家の道になっているような印象ですが。

渡辺 いやあ……最初はラブコメをやりたいですと言って来てくれる方もいるんですよ。それが話している間に、今の裁判制度が許せないみたいな話になって社会派ドラマの企画になってしまったりして。ひとりに限らずよくそういうことがあるんです。それは私のせいもあるんですけど(笑)、その人の中にある回路を開いてしまうみたいで。いろいろと気持ちを押し殺しながらなんとか社会のレールに乗っていようとするのですけれど、その人自身の中にある、ほんとはすごく強いものが開いたらどうも止まらなくなるみたいで。

私は「やっぱりラブコメやろうよ」って話を戻そうとするんですが「今さらあやさんとそんなことしたくない」って言うんです(笑)。それを悪いことかいいことかっていうと私はいいことだと思うんで。むしろ素晴らしいことで。大いに枠から外れて開拓してほしいって思うんです。

窓の外には桜や柿の木が

──テレビ局にしても映画会社にしてもプロデューサーやディレクターは高学歴で知性や教養のある人が多いのに、なぜラブコメとかキュンとか医療とか刑事ものとか同じようなものばかり作りつづけるのかって、観ているほうにも憤りがあるんですよ(笑)。

渡辺 ありますよね(笑)。

──問題意識の入ったエンタメだっていい作家がいれば可能なんじゃないかと思いますので、渡辺あやさんに救世主になってほしいです。

渡辺 ははははは。おっしゃるとおり、とりわけNHKは優秀な人たちばかりですし、まだまだ志ある人がいっぱいいるのですが、組織の一員としては前に出てくることができにくいというか。良質な番組ほど問題視されて作らせてもらえなくなったりするので、なんとか風穴を開けないとだめですよねえ。

──咎められることといえば……『逆光』もそうですが、渡辺さんの作品にはやたらと煙草を吸う人が出てきますよね。『火の魚』に至っては、禁煙した主人公(原田芳雄)が「煙草吸いて〜」と叫びます。

渡辺 わりとよく好きで吸わせるんですよねえ。未だに煙草吸ってもいいじゃないかと思っていて。「必要悪」っていうと簡単な言葉になってしまいますけど。煙草を吸っている人……特に女優さんを見ていると、人より持っているエネルギーが高過ぎるあまり、ちょっとずつ自分を殺していないと日常の中で収まり切れない感じを受けるんですよ。

人間は複雑な生き物だから、ちょっとくらい体に悪いこともやっていないとやっていられないってことがあると思うんですよ。煙草に限らずいろんなことに対して取り上げればいいってものじゃないだろうという違和感はあります。

──人間のエネルギーと煙草の関係のお話、おもしろいです。

渡辺 じゃないと女優さんが煙草を吸うのはデメリットしかないじゃないですか。吸わないでいればいいのにそういうことじゃないんだなって思うんですよ。女優さんのエネルギーって半端ないですよね。で、あたりさわりなく社会に存在するためにはそのエネルギーを全開にできないから、ちょっとずつ自分を殺している必要があるんじゃないかなって。それも一種の自己管理じゃないかと思うんですよ。

※渡辺さんは『逆光』でタバコを吸う人を演じています。

──それもまた可能性を閉ざさずにやりたいことをやるってことなのかなと。

渡辺 その人の100%の大きさで社会に存在していられるってことが一番望ましいですよね。そのサイズでいられる人は他者に対して「おまえもっと小さくなれ」とは言わないですよ。お互いに楽な大きさでいられたらいいなと思います。まあ難しいですけどね。

この記事の画像(全4枚)



  • 『逆光』

    『逆光』

    企画:渡辺あや、須藤蓮
    脚本:渡辺あや
    監督:須藤蓮
    音楽:大友良英
    出演:須藤蓮、中崎敏、富山えり子、木越明、SO-RI、三村和敬、衣緒菜、河本清順、松寺千恵美、吉田寮有志

    2021年7月17日(土)よりシネマ尾道、7月22日(木)から横川シネマにて公開。以後、順次公開予定。

    関連リンク


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

木俣 冬

Written by

木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。