脚本家・渡辺あやインタビュー(1) 地元・島根を訪ね、『ここぼく』『逆光』の背景を聞く

2021.7.24
脚本家・渡辺あやインタビュー

文=木俣 冬 撮影=石垣星児 編集=田島太陽


自主映画『逆光』に企画と脚本で参加している渡辺あやさんにインタビューするにあたり、彼女の地元・島根に行くことにした(自腹です)。

いつもの渡辺さんは、仕事の打ち合わせや取材のたびに飛行機に乗って東京にやってくる。たまにはこちらから出向くことで渡辺さんの意外な一面を見ることができるかもしれない。それと、自主制作をしている渡辺さんに、こちらもせめて自腹というリスクを払って向き合おうと思ったのである。

渡辺さんは「仕事場でお会いしましょう」と快く承諾してくれた。渡辺あやの仕事場──想像するだけでテンションが上がる。

最寄りの駅から車で山のほうへ向かった。ポツンと一軒家のような、いや、文豪の山荘のような場所で、本や資料は一切なく(「台本は終わったら処分してしまう」と言うからびっくり!)、空間を生かした端正な建物は窓から見える緑を生かした作りになっていた。

「仕事の打ち合わせなどで誰かが来たとき、私はいつも緑を背景にして座るんです。そうするとみんな、私じゃなくて緑を見ながら話すようになって。仕事の話からプライベートの話になって、時には泣き出しちゃったりして。それは私の力ではなくて、緑にはそういう効能があるのかもしれないです」

インタビューの後半、渡辺さんはそう言って笑った。外からの“逆光”の体制で取材を受ける。映画のタイトルにかけた洒落かと思ったが、今回に限ったことではないようだ。偉い人が光を背負って相手に向き合うことで己を大きく見せる手法があるけれど、渡辺さんはそういう感じではなく、むしろ“渡辺あや”にベールを被せている。

彼女の取材に来たにもかかわらずこの体制は取材者としては不利ではないか……と思いつつ、それも含めて“渡辺あや”なのだと感じたロングインタビュー。なぜ自主映画を作るのか。作家・渡辺あやは今、何を見つめているのか。

(1) 地元・島根を訪ね、『ここぼく』『逆光』の背景を聞く
(2)参加意識は「巨人軍のコーチみたいなもの」
(3)自分たちでお金を出し「企画会議を通る要素がひとつもない」映画を作る
(4)「成績優秀な人たちが、小学生が見てもおかしい事態を引き起こすのはなぜなのか?」
(5)煙草と人間のエネルギーについて「ちょっとくらい体に悪いこともやっていないと」
(6)「私にとって脚本は、ある程度の余白みたいなもの」

渡辺あや
映画『ジョゼと虎と魚たち』(2003年)で脚本家デビューし注目され『メゾン・ド・ヒミコ』(2005年)、『天然コケッコー』(2007年)など優れた脚本を次々書く。『火の魚』(2009年)、『その街のこども』(2010年)でテレビドラマの脚本を書き、2011年、朝ドラこと連続テレビ小説『カーネーション』でそれまで朝ドラを観ていない層にも朝ドラを注目させた。近年は『ワンダーウォール』(2019年)、『今ここにある危機とぼくの好感度について』(2020年)などが高い評価を得ている。寡作ながら優れた作品を生み出すことに定評がある。

映画『逆光』
コロナ禍、脚本:渡辺あや、監督、主演:須藤蓮が互いの持続化給付金を持ち寄って作った自主制作映画。舞台は70年代の尾道、三島由紀夫にかぶれている青年・晃(須藤蓮)が故郷・尾道に好きな先輩・吉岡(中崎敏)を連れて帰郷してくる。先輩に向けられた湿度を伴った晃の眼差しが物語を牽引する。尾道と島根で10日間のロケを行った。

「尾道で撮った自主映画はこれまでにない艶めかしい作品に」

仕事場のそばにある映画になりそうな木

仕事場の1階の広い居間を紹介してくれながら。

渡辺 『逆光』の撮影は尾道のみならず島根でも行っていて、そのときは、スタッフ、キャストがここで泊まりました。この仕事場に40人近い人がずらーっと寝ている初めて見る景色でした。夏だからよかった。冬は街のほうとは3度くらい気温が違うんです。……今日は天気がよくて……。昨日まで雨予報だったから晴れるといいなと思っていたんですよ。

──晴れ女ですか。

渡辺 わりと。でも口に出してしまうと効果が落ちるんじゃないかという恐怖心があって(笑)。そういうことをあまり言わないようにしていますが、意外と大事なときは晴れてくれます。

雑談しながら、渡辺さんは部屋の片隅のプレーヤーにCDをかけた。

渡辺 これ、『逆光』にみーこ役で出演した木越明さんのパパ──実際のパパが演奏しているんです。木越洋さんというチェリストで、撮影でみーこがここに泊まったときに私がバッハをかけたら、あとで「うちのパパのCDです」とくれたものです。

──バッハ好きですか。

渡辺 バッハ好きなんですよ。

──土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』(NHK/以下『ここぼく』)でもバッハがかかっていましたよね。

『今ここにある危機とぼくの好感度について』
日本の最高峰の大学の広報担当になった主人公・神崎真(松坂桃李)が、大学が起こす不祥事を目の当たりにしていくブラック・コメディ。不正論文や外来昆虫の健康被害など実際にありそうなこととそれをいちいち隠蔽していく大学の対応が皮肉めいていて話題になった。

渡辺 あれはたまたまで。ディレクターと音楽監督の方と長い付き合いの中で選曲したものです。私は自分の作品にバッハを使おうと思ったことはないんですよ。

──『逆光』のみーこさん、よかったですね。

渡辺 よかったですよねえ。

──『逆光』ではキャスティングにも関わっていらっしゃるんですか。

渡辺 そうですね。共同企画者で監督の須藤蓮君と相談しながらやっています。ただ、木越さんは、蓮君が映画にちょっと不思議ちゃんみたいな女性をひとり出したいと希望して、彼女に決まりました。当人はみーこのような人ではなく、求められる芝居を的確に演じることのできるクレバーな方です。

蓮君があるプロモーションビデオの撮影のときに、現場を勉強するためにヘアメイクスタッフについてきていた彼女に注目して、『逆光』の前に動いていた映画『blue rondo』のオーディションに呼んでいたんですよ。彼はなかなか目利きですよ。

──その『blue rondo』の制作がコロナ禍で延期になって、代わりに何かやろうと『逆光』が立ち上がり、「尾道で映画を撮ろう」と渡辺さんから須藤さんに提案したそうですが、尾道のどこに惹かれたのでしょうか。

渡辺 なぜ惹かれたか、その理由を、この前、広島でインタビューを受けているとき考えて、街が熟しているからという結論に至りました。京都とはまた別の、広島は尾道の風土にあった熟し方なんです。東京の人は毛穴がきれいでさらっとしている。ベタベタしていることはあまり好まれないですよね。

東京に限らず都会の人はさらりとしゅっとしていますが、尾道の人たちはもう少し開放的で毛穴が開いている感じがするんです。それが韓国映画の俳優に感じるセクシーさと通じるものがあるように思うんです。ウォン・カーウァイをはじめとしたアジアの巨匠たちが撮る映画は毛穴が開いて汗がそのまま映った艶めかしさがあります。

そういう人物が似合う街って感じが好きで。蓮君もああいうアジア映画に影響を受けたりしているので、彼が撮りたい人の佇まいや気配がこういう感じじゃないかと思ったんです。

「渡辺あやはひどいね」「“渡辺あや、鬼”みたいなことを言っていて」

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