「変だな」と思うことを我慢したくなかった
ファンの声援に応えるやりがいを感じながらも、プライベートでは大学3年生。自身の進路を考え始めたことで、ある疑問が頭に浮かんだ。「このままでいいのだろうか」と。
「将来を真剣に考え始めたきっかけのひとつが、大学でトミヤマユキコ先生の授業を受けたことでした。“少女漫画から女性の労働を読み解く”という講義を受ける中で、主人公たちが抱いている労働に関する悩みは、自分にも重なると感じたんです。でも、ちょっと待てよ、と。悩んでいる内容はすごく近いのに、私はそんなにお給料をもらっていない。やっていることは仕事然としてきたけど、伴っていないことが多いと気がつきました」
「大学の友達も就職活動をしている時期だったこともあり、“好きだから”“楽しいから”だけじゃダメなんだと思ったんです。ずっとつづけていくためには、仕事としての環境を整えていかないといけないって」
グループ加入から約1年10カ月が経ったころに脱退を決意。ソロアイドルとしての活動を開始することになる。それは、“夢”だったアイドルという存在を、ずっとつづけていく“仕事“という言葉に落とし込んだ瞬間だった。
「ひとりでは立つことのできなかったステージに出られて、たくさんのお客さんが観に来てくれる。これはグループに入ったからこそ経験できたことで、素敵な思い出も、感謝の気持ちもたくさんあります。でも、アイドルというカルチャーが好きだからこそ、『何か変だな』と思うことを我慢して、飲み込まれちゃいけないとも思ったんです。アイドル活動を長くつづけるためにどうすればいいかを考えて、グループを辞めることを決めました」
医療従事者のように、生活に必須の職業ではないけれど
そうした思いは自身の環境だけに留まらず、アイドル業界を生きる仲間たちへの情報発信にもつながっていく。2020年のコロナ禍では、同業者に事業持続化給付金の申請を促す動画をYouTubeで配信。アイドル業界での労働問題について「ABEMA Prime」への出演やコラムの執筆などで提言も行ってきた。
この行動の背景にも、恩師・トミヤマユキコからの影響があったという。
「大学生のとき、自分がやっているアイドルの活動は“仕事”と言えるんだろうか、お給料がもらえないことを当たり前と思うしかないんだろうか、と悩んだことがありました。そんなとき、トミヤマ先生の講義が『疑問に感じることは間違いじゃないよ』って背中を押してくれたんです。年下のアイドルの子たちや、活動の規模が小さくてもがんばっている子たちに、何か届いたらいいなと思って、いろんな情報を発信しています」
「アイドルは、たとえば医療従事者のように人々の生活に直結する仕事ではありません。だから税金で援助をしてもらっていいのかなという躊躇もありました。でも、過去にしっかり納税をしてきたし、みんなが遠慮したら、もう助けてもらえなくなるかもしれない。そうやって自分たちで卑下していたらいつまでも“仕事”にできない気がしたから。気づいた人が『申請していいんだよ』って発信しないと、みんなで萎縮する雰囲気があったんです」
「新しい表現を見せていきたい」
アイドルは“若い人がやること”というイメージが強い。30歳を目前に、好奇の目に晒されたことも、心ない言葉を投げかけられたこともある。
「でも、あまり気にならなかったですね。すごく大切な人、たとえばずっと見守ってくれているスタッフさんや親や、友人たちに言われたら傷つくかもしれないけど。そのほかの人の話は、あんまり聞いてないんですよね(笑)。まわりはみんな『いろんな職業の中で、由芙はアイドルを選んだんだね』って好意的に接してくれるので。周囲に恵まれて、あまり悩まずに来られたっていう感じです」
グループによっては年齢制限が設けられることもあり、一定の年齢を越えれば卒業することが暗黙の了解にもなっている。だから彼女の目標は「何歳になってもアイドルをつづけること」。それは、「年齢を理由に好きなことを諦めない」表明であると同時に、“アイドル”という概念の定義を広げていくことにもつながっていく。
「30歳、40歳になっても、歌って踊るパフォーマンスをつづけていきたいんです。それを自然に受け入れてもらいたいからこそ、あえて『○歳を越えてもがんばります』って言う必要はないと思っています」
「『何歳になっても応援しつづけます』って言ってくれる優しいファンだけじゃなくて、今までは『30歳のアイドルなんてあり得ない』と思っていた人にこそ、自然と楽しんでもらえるようになっていきたいんです。年を重ねていくことがマイナスじゃなくて、新しい表現ができるようになるという背中を見せていきたいとも思っています」
「アイドル業界では、年上のメンバーが『おばさん』を自称したり、イジられたりすることもあって、それは彼女たちなりの歩み寄り方だとは思うけど、違ったコミュニケーションもあると思いたいし、できるよって見せていきたいです」