途中でシャワーを浴びに行くし、キャッシュカードが割れてるし…予期せぬ展開満載のラッパー取材
『Quick Japan』のコンセプト「DIVE to PASSION」にちなんで、「私だけが知っているアツいもの」について綴るコラム企画「DtP」。
2024年6月、今を生きるラッパーたちに子供のころの話を聞いた生活史集『LIFE HISTORY MIXTAPE 01』(まわる書房)を自主制作で刊行した映像ディレクターの菊池謙太郎。
『ラップスタア』(ABEMA)でディレクターを務める彼が、「予期せぬ要素が山盛り」だったというラッパー・EASTAへのインタビュー体験を振り返る。
体験として抜群におもしろかったラッパー取材
一時期、取り憑かれたように仕事の隙間を見つけてはラッパーとお茶をしていた。
ラッパーたちにどんな子供時代を過ごしていたかを語ってもらい、生活史集として書籍にするためだ。それが実を結び『LIFE HISTORY MIXTAPE 01』というタイトルで2024年6月にその書籍は発売された。
ひとり目の取材は2022年2月、奈良のラッパー・EASTAにお願いした。その数カ月前に僕がディレクターとして関わっているABEMAの番組『ラップスタア』のFINALで惜しくも優勝を逃したラッパーだ。東京に来るタイミングを狙って打診してみたところ、ふたつ返事でOKをくれた。
いざ取材をしてみると、まず待ち合わせ場所に現れないし、やっと落ち合った場所は怪しげなマンションだし、取材の途中でシャワーを浴びに行くし、キャッシュカードが割れていてお金を下ろすために通帳を持ち歩いているし、予期せぬ要素が山盛りだった。
もちろん忙しいところに図々しく押しかけたこちらが悪いのだが。メインである子供時代のエピソードもさることながら、そこで起こる副産物を含め聞き取り取材自体が体験として抜群におもしろかった。
きっかけとなった『東京の生活史』への参加
その後、書き起こしたプロトタイプの原稿を知人に読んでもらうと、「これは菊池版『マルコヴィッチの穴』ですね」と言われた。映画『マルコヴィッチの穴』の説明は省きつつ要約すると、テキストを読むことで僕が行った聞き取りを僕になって追体験している気分になったというのだ。
これはうれしかった。テキストでもそのときの空気が伝わるのだと思えた。そこから取り憑かれたように、仕事の隙間を見つけてはラッパーとお茶をし始めたのだった。語られる話はどれも自分しか知らない映画を観たようで癖になってしまい、2023年は延べ22人に聞き取り取材をした。
完成したのち、僕のことを知らない人がこの本をどう読むのか気になっていたところに、面識のなかった人物から興味深い感想をもらった。「読み進めていくうちに菊池さんがどういう人か見えてきた」というのだ。意図していないおもしろい発見だった。
この本を作ろうと決めたきっかけのひとつ『東京の生活史』(筑摩書房)への参加時、その監修を務めた社会学者・岸政彦氏は一般参加者向けの事前講習会で「社会学の聞き取りでは聞き手の意図や演出はなるべく排除するほうがいい」と教えてくれたが、拙著では僕という人間が滲み出てしまったようだ。
しかし日本語HIP HOPの名ライン「どの口が何言うかが肝心」になぞらえて言えば、「どの耳が聞き取りをしているかも肝心」なはずである。ぜひ「菊池謙太郎の穴」から僕がハマったラッパーたちの語りを味わっていただきたい。